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妄想の彼女
(神様お願いです! 彼女がほしいです、キスがしたいです、エッチがしたいです)
「ああ、頭が変になりそうだあ─!」
柚樹はペンを参考書の上に放り投げた。すると、カランと勢いよくはじけ机の端まで転がった。
高校生になって2回目の夏休みだというのに柚樹は独りぼっちだ。
(何で彼女ができないんだ)
柚樹は参考書やノートを乱暴に閉じると、スマホをにぎりベッドに横たわった。
妄想好きでひどく内気な柚樹は友だちも彼女もいない。そんな柚樹の密かな楽しみは、フィギュア集めだ。
「あ、あった!」
柚樹はフィギュア専門サイト銀杏商会のホームページに、人気アニメのヒロイン藤沢彩愛のフィギュアを見つけ色めき立った。
「か、かわいい」
慌てて画面を最下へスクロールする。
「39800円……、た、高い。しかも税別」
ため息をつき、ベッドの上で胡座をかく。
「くそ暑いなぁ」
クーラーを入れる。すぐに涼しい風が頬にかかる。
「せめて5000円だったらなぁ」
再びベッドに横たわり、スマホの画面に目をやる。
「あ、ええっ!」
柚樹は跳ね起き、画面を2度見した。
「『2時45分から3時00分までのタイムセール。彩愛ちゃんのフィギュアが、たったの5000円』!」
時計は午前2時50分を表示していた。
「余裕で間に合う」
手が震える。
会員登録はすでに済ませているが、柚樹は銀杏商会を初めて利用する。詐欺サイトの可能性だってあるのだ。
「憧れの彩愛ちゃんが5000円」
柚樹は、ためらわず〈カートに入れる〉をタップすると、間髪入れず購入した。
それから一週間後、みかん箱サイズの宅急便が届いた。
「柚樹、銀杏商会って所から荷物が届いてるわよ。重たくて抱えられないの」
母親のヒステリックな声がキンキン響く。
「すぐ行く」
柚樹は階段を駈け降りた。
「とても重いわ! 漫画のまとめ買いでもしたの?」
玄関先で母親が、不機嫌そうに腕を組んでいる。
「何でもいいだろう」
柚樹は不機嫌に返し、荷物を抱えて部屋に戻った。
(確かにフィギュアにしては、重すぎる。軽く4キロはありそうだ)
柚樹はさっそく箱を開け、まるでガラス細工でも扱うように中身を取り出した。
「フィギュアのケースにしては変だなぁ」
二重に巻かれた発泡シートを丁寧に剥がすと、目の前に現れたものは明らかに、フィギュアとは全く異なる物だった。
「ろくろ……」
中学の美術の時間に一回だけ見たことがある。
粘土から陶器を作る、ろくろだ。
「やられた!」
柚樹はスマホを握りしめ、銀杏商会のサイトを検索した。
「Not Found……」
柚樹の顔からとたんに血の気が引いた。
「詐欺だ。ネット詐欺だ」
柚樹は、恨めしそうにろくろを見つめ、
「ちくしょう!」
と叫び、右手で思いっきりろくろを回した。
すると、勢いよく回転するろくろから、突如、ピンクゴールドの光が放射され、円盤の上にタンブラーサイズの、不気味なホログラムが現れた。
「な、なんだ」
それは人間の体に、角が水平に伸びた羊の頭をもつ妖怪のような姿をしていた。
「わしを呼んだのはおまえか?」
「ホログラムがしゃべった」
びっくりした柚樹は仰け反り、裏返ったカエルのようになった。
「無礼な奴め。わしはホログラムではない! おまえたち人間を創ったエジプトの創造神クヌムじゃぞ。頭が高い!」
クヌムは怒り、頭に湯気をたてた。
「クヌム、クヌム……」
柚樹は、抗議するクヌムを無視し、ネットを検索する。
「おまえ、きいとんのか! この……」
クヌムは怒るのも諦め、椅子を出して、腰掛けた。
「あ、あった!」
柚樹はヒットした記事を、クヌムの前でぶつぶつと読み始めた。
「クヌム神、古代エジプトの神。ろくろを回し粘土から人間をつくった創造神として崇められる。人間が多くなると、女性の体にろくろをしこみ、自動で人間が出来るよう手抜きした一面もある」
そこまで一気に読むと、柚樹は顔をあげ、椅子に寄りかかるクヌムを、怪訝そうにじろじろ見た。
「この無礼者! わしはそんなふうに人間を創造したおぼえはない。人間の劣化がこれほど酷いとは。人間に人間を作らせた、わしのやりかたが間違っていたのかのう……それにおまえ、口臭がきつい。ろくに歯も磨いておらんのだな。しかも髪はふけだらけ。鼻毛は伸び放題。ヒゲの剃り残しまである。それじゃ女にもてんのう」
クヌムは、とがった鼻先を、曲げんばかりに不快な顔をした。
「やっぱりそうですよね」
柚樹は正座して、がっかりと肩を落とした。
「おまえが彼女がほしいと、毎日、朝から晩まで、サカリがついた猫のようにわめくから、願いを叶えてやろうと来てみればこの有様」
クヌムは深いため息をついた。
「ほ、本当に、願いを叶えてくれるの?」
「もちろんじゃ。願いを声に出しなさい」
「藤沢彩愛ちゃんのような彼女が欲しいです」
柚樹は少女のように、頬を赤くした。
「藤沢彩愛ちゃんのようなと言ったが、その娘、クレオパトラのような美人なのか?」
クヌムは古代エジプトの女性しかイメージが沸かないみたいで、柚樹のオーダーを全く理解できないようだった。
「クレオ……なんとかって女の人じゃなくって、この娘です」
柚樹は壁に貼った彩愛のポスターを指さした。
「おお、見事な壁画じゃ! エジプトでもこれほど鮮やかで生き生きとした壁画を描ける絵師は見たことがないぞ」
クヌムは彩愛のポスターの前で腕を組んで動かなくなった。
「あの──、おじさん本当に願いを叶えてくれるの?」
(ポスターぐらいでビックリされちゃ、期待外れも大外れってとこかなぁ)
柚樹は彩愛のポスターを見つめ続けるクヌムに背を向け、立ち上がろうとした。
「もちろんじゃ、エジプトの神の威信を掛けて」
クヌムは自信まんまんに胸を張った。
「じゃ、それで宜しくです」
柚樹は投げやりな返事をした。
「た、たったそれだけか?」
クヌムは、憐れむように柚樹を見る。
「たったって?」
「確かにこの壁画の出来は素晴らしく、絵の娘もアジア的で可愛らしい。じゃが、見かけだけで良いのかと、聞いておるのだ」
「あ、明るくて、性格も優しくて……」
柚樹は思いつく限りの言葉をならべた。
「もうよい。では素材じゃが、つち粘土を2キロと天然の水を2リットル持ってきなさい」
「粘土と水? しかも粘土を2キロも!」
柚樹は、クヌムをまじまじと見つめた。
「わしは粘土から人を作った。おまえさんも粘土と水から出来ておろうが」
(確かにネットには、そう書いてあったけど)
柚樹がしらけた顔をしていると、
「わしは人気者で忙しいんじゃ。信じないのなら、次へ行くぞ」
クヌムは杖をついて、立ち去ろうとする。
「す、すみません。彼女、欲しいです」
柚樹は慌ててクヌムを引き留めた。
「ならば、さっさと粘土と水をもってまいれ」
「はい! すぐに買ってきます。いい粘土を買ってきますので時間を下さい」
柚樹は両手を床について、頭を下げた。
「ふむ、よかろう」
やっと真剣になった柚樹を見て、クヌムは満足げに返事した。
「じゃ、神様行ってきまあす!」
そう言うと柚樹は階段を駆け下り、昼寝をしている母親を尻目に、キッチンから空いたペットボトルを見つけリュックに入れた。
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