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定休日でお客さんが来ないはずの入り口に、一人の男の子が立っていた。
体は小柄で、私より少し背が高いくらいだろうか。着ているのは黒いツナギ。肩には大きなイーゼルをかけていて、その逆の手には、鮮やかでどこか不思議な植物の絵を持っている。
……あれは。
「ちょうど帰ってきた。葵!」
及川さんが手を振って合図をする。入り口の人物が顔を上げ、こちらを向いた。
その顔を見て、そっと息を飲む。
さっき、外で絵を描いていた人だ。
ボーイッシュな女の子だと思っていた。でも、こうして正面から見ると紛れもなく男性だった。少しつり上がった目。薄い唇。眉根を寄せて、訝しげな表情でこちらを見上げている。
私は口を開けたまま彼を見つめた。
「葵、この前話したでしょ。四月十日から展示予定の佐々木瑞穂さん。イヤリング持ってきてくれたんだ。見てみな、すてきだから」
葵と呼ばれた男の子は、及川さんに言われてもすぐには動かず、こちらを睨むようにして見上げていた。その顔を見て、思わず萎縮する。
もしかして、さっき後ろから見ていたのがバレていたのだろうか。
それで怒っているのかもしれない。実は、集中して描いていたところを邪魔していたのかもしれない。男の子は今、とても初対面の人に向けるようなものではない怖い表情をしている。怒られるのだろうかと思い身がすくんだ。
彼が審査員、なんて。
あの独創的な植物の絵を描いていた人に、審査されるなんて。
男の子はその場に荷物を置くと、ゆっくりと階段を上ってきた。
及川さんはにこにこしているけれど、私は今にも倒れそうな心地だった。見ないでほしい。次の展示がこんなものなんて、きっと落胆させてしまう。また、ネガティブな思考が滝のように押し寄せてくる。
そんなことを考えている間に、彼は私の目の前までやってきてしまった。
仏頂面で、じっとこちらの目を見つめてくる。女の子みたいに小柄なのに、まるで巨人のような威圧感だった。しばらくそうしていたあと、彼はふっと机の上に視線を落とした。
その瞬間、彼の眉間の皺が深くなったのを見た。
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