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もし私に特別な力があるとしたら、この作者の頭の中を覗いてみたい。
そんな風に思わせる絵だった。坂の上、緑に囲まれた遊歩道。その片隅に立てかけられている一枚の絵に、私は見とれていた。
これは油絵なのだろうか。赤、青、緑、この世にある全ての色を使ったかのような色彩だった。描かれている草花は虹色だったり水玉模様だったりしていて、植物が描かれているとは思えない程賑やかしい。これはきっと空想上の草花なのだろう。
そのそばに、こちらに背を向けて立っている女の子がいた。
イーゼルの前に立ち、筆を手にしたまま白いキャンバスをじっと見つめている。ボサボサの頭は男の子のようだけれど、ふと、その髪を結んでいるゴムにポンポンが付いていることに気づく。どうやら女の子らしい。
この人が、この絵の作者なんだ。
どうしたらこんな絵が描けるのだろう。
私にはこんな発想力はない。私が何かを創作するとしたら、あり物の素材を繋げたり、有名な人の作品の真似っこをするだけだ。だから、何かをゼロから生み出せる人を羨ましく思ってしまう。
「……あ」
その時、バッグの中でスマートフォンが震えた。
カレンダーのアラームだ。画面を見ると通知が表示されていた。〝ギャラリー到着:五分前〟。そうだ、約束の時間に遅れてはいけない。
私は紙袋を肩に掛け直すと、慌ててその場を後にした。
でも本当は、彼女が絵を描き始めるのを見ていたかった。真っ白なキャンバスに載せる最初の一筆。それは一体どんな色なのだろう。
私にはきっとわからない、魔法使いのような彼女の頭の中を想像しながら、私は急いでギャラリーへと走った。
『ねえ、瑞穂も作品展示してみなよ』
結亜にそう提案されたのは、二ヶ月程前のことだった。
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