5人が本棚に入れています
本棚に追加
「ここへははじめてかな? 見たことないかなぁと思って」
「あ、はい。……すみません、来たこともないのに図々しく依頼してしまって」
「そんなことないよ。結亜ちゃんからの紹介だってね。うれしいな」
ちょっと待っててね、と言って、及川さんはまた奥の部屋へ引っ込んでいった。
それにしても、なんてすてきな空間なんだろう。
家からさほど遠くないのに、今までこの店を知らなかったことを悔やんだ。ここでなら何時間でも過ごせる気がする。よく晴れた休日、本を一冊持ってここへ来るだけで幸せな一日を過ごせる気がした。いや、本なんてなくても、あちらこちらに置いてあるかわいい小物やぬいぐるみたちを眺めているだけで一日が終わってしまうかもしれない。
こんなところで展示ができるなんて。
及川さんを待ちながら、私は落ち着きなく辺りを見渡した。そしてふと二階を見上げると、階段の先に一枚、絵が飾られているのに気づいた。
縦が三十センチ程の小さなもので、キラキラした石が付いたかわいい額縁に入っている。この角度からだと壁に阻まれて何が描かれているのか見えない。もしかしてあれが、他の人の展示物なのだろうか。
及川さんが戻ってくるのを待ちきれず、私はそっと階段を上った。
近寄って見てみると、描かれているのは女性の絵だとわかった。
淡い光が漂う背景を背に、女性が今振り返ろうとしている瞬間を切り取っている。女性はこちらを向く寸前で、その表情はよく見えない。肩までの髪が揺れ、波を作っているさまが美しい。
タイトルは、〝いつか、また〟。
どういう意味なのだろう。
「うちのスタッフが描いたんだよ。僕の甥なんだけどね」
気づくと、いつのまにか真横に及川さんが立っていた。
勝手に席を立ったことを謝る前に、つい感嘆の言葉が出てしまった。
「甥っ子さんが? すごい……」
「小さい頃から絵を描いてるんだ。店には飾りたくないって言われたんだけどね、すてきな一枚だったからお願いして特別に。なんていうか、この切ない雰囲気が好きなんだよね」
最初のコメントを投稿しよう!