第一話

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   ……え?  思わず、そう呟きそうになった。  及川さんは先程と変わらず、私の顔をにこにこと見つめている。その表情に反射的に笑みを返してみたけれど、ちゃんと笑顔になれているのかわからなかった。〝来月にはここに佐々木さんの作品が〟——その言葉を頭の中で繰り返す。なぜか先程までのドキドキしていた気持ちが消え、夢から覚めたような心地になっていく。  ……ここに?  この場所に、私の作ったものが……?  不意に湧き出てくる不安感。それが急速に心を埋め尽くしていくのを感じていた。  何か取り返しのつかないことをしてしまったような感覚に、思わず背筋が寒くなる。ようやく眠りから覚めた頭は、まだぼんやりしていてうまく回転していない。ここに、私の作品が——何度か頭の中でそう繰り返して、ようやく気づく。  ……もしかして、私。  場違いなところに来てしまったんじゃ……。  及川さんに連れられて、私は中二階の席へと戻った。  机の上には紅茶が置いてあった。先程、私が階段の絵に見とれている間に持ってきてくれたらしい。促されるままに口を付けたアールグレイは香りが強くておいしかったけれど、気持ちが落ち着くには至らなかった。 「あの水墨画を描いた子は若い子なんだけどね、ここで展示をするのは二回目なんだ。お客さんの反響がよくてさ……」  及川さんが何やら話をしているけれど、全く頭に入ってこない。機械的に頷きながら、私はあの階段の途中にある女性の絵を思い返していた。  写実的で、美しい絵だった。  きっと誰もが二階に上がる前にあの絵に見とれることだろう。あまりにすてきで、自分の作ったものとのギャップに震えてしまう。水墨画の作品も同様に、プロ顔負けのかっこよさだった。  こんなすてきな世界の中に、私が作ったものを飾れるのだろうか。 『今回の展示はハズレだったね』  頭の中で、架空の観覧者がせせら笑っている。 『ほんとだよね。いつもはもっと上手な作品が並んでるのに』 『毎回楽しみにしてるけど、今回は損した気分……』  その時、及川さんが不意に声をあげた。  
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