ひとつ目小僧の憂鬱

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ひとつ目小僧の憂鬱

座長は経営に頭を悩ませていた。 江戸時代のいつ頃かは分からないが、 諸国を巡って見世物小屋を代々開いている。 見世物小屋は親の親、またその親と 何代にも渡り続けており、家族の仕事が 幼い頃から普通のことであると思っていた。 最初におかしいと思ったのは、 少年時代に石を投げつけられた時だった。 子どものイタズラが原因で片目が見えなくなった。 幼かった当時の座長は心にも深い傷を負った。 今では眼帯の似合う色男になって、 座長としてその座を占めている。 しかし見世物小屋の主役は座長ではない。 大勢の人が収容できる天幕を張り、 中に客席を並べて、町には大量のビラを配る。 生まれついての大声でヒトを呼び、 足を止めさせ、期待を抱かせる。 客に金を払わせればもはや座長は用済みだ。 そこからは主役たちの仕事だ。 ガイコツ姿に艶めく島田(まげ)を結い 目を見張る紅色の着物姿をした骨女。 長い首に美しいうなじを見せる女ろくろ首。 額に白い三角の布を付けた白装束の女幽霊。 日本の若い女子高生の格好で、 首の後ろから物を食べるフタクチ。 恐怖を(あお)る彼女たちの後で、 茶釜姿で綱渡りをするタヌキの分福茶釜(ぶんぷくちゃがま)が 客席に笑いを誘う。 日本のオバケや妖怪を全面に押し出し、 各々見事なパフォーマンスを見せてくれる。 主役たちは客を怖がらせ、 客は役者たちをみて怖がる。 天幕の中は役者も客も一体となる。 いつもその瞬間を、座長は最大の喜びとしていた。 女妖怪らの職場とも言われることも多いが、 河童や落武者などの定番も在籍し道化を演じる。 河童も落武者も芸風が被り互いに仲は悪いが、 同じ頭の者同士の同族嫌悪に過ぎない。 世界を転々とし、彼らとは家族同然の仲だ。 それに多少の諍いは日常茶飯事だった。 初代の一座は日本からポルトガルへ渡り、 欧州を巡り、北米から南米、オセアニア、 南西アジアを経由して地球を一周した。 親子5代で世界中で知られる オバケ・妖怪の見世物小屋となった。 幼き頃に過ごした懐かしの欧州に着いたが、 歓迎の気配はなく、見世物小屋に対する 風向きが大きく変わった。 座長の見世物小屋は非難を浴びた。 『文化の盗用である!』 もちろん座長には何かを盗んだ心当たりはない。 アジアの東端からやってきた見世物小屋が、 金髪碧眼が仕切っていることを批判したのだ。 当然座長は釈明し理解を求めたが、 誤解は解けることはなかった。 非難は止むことはなく、今度は オバケや妖怪に対する搾取であると責められた。 決して奴隷として扱っているわけではない。 座長は小屋の運営費用以外は、 従業員への給与に支払いっていた。 オバケや妖怪であろうと、日本を離れて 路頭に迷わせるわけにはいかない。 非難するヒトたちは、仕事を奪った オバケや妖怪たちを養うこともない。 家族ではないのだから当然だ。 奴隷を解放するという正義があるのだ。 ヒトは自分たちに都合の良い嘘を信じ、 正義に事実は必要なかった。 理解できない行動は、 座長にとってはバケモノであった。 ビラを配ろうと大声で呼びかけようとも、 集まったヒトから日中は石が投げられる。 座員を退避させながら、 座長は過去を思い出して 恐怖に失った片目が痛んだ。 ヒトの暴走は止むことはなく、 夜中には暴徒によって天幕に火が付けられた。 天幕を見る座長の青い目が、 燃え上がる炎で赤く染まった。
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