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5、4、3、2、1。
私は、壁の丸い時計の秒針をカウントしながら、カバの口みたいに開いたノートパソコンをぱたんと閉じた。それと同時に鳴り響く就業時間終了のチャイム。
「お先に失礼します!」
キャメル色をした革製のトートバッグをむんずと掴むと、私は居室から飛び出した。背中で、同僚たちからのお疲れ様の合唱を聞き、扉横の社内にいるか否かを示す黒札を裏返して赤にする。
「お疲れさん」
出入り口でもたもたしていると、外出先から戻って来た城戸部長に声をかけられた。
「あっ、こちらこそ、お疲れ様です」
「17時15分。定時ぴったり、さすがだね、テイコちゃん」
ちらと、よく日に焼けた肌につけられた腕時計に視線を落とすと、城戸さんはにぃっと口角を上げた。
「テイコじゃありません。茗子です。川島茗子」
テイコ――それは、定時上がりをモットーにしている私につけられたあだ名だ。私としては、定時に上がるのは社員として褒められて然るべしだと思っているので、テイコと呼ばれるのは不本意だと毎回意思表示しているけれど、あまり伝わってはいない。
「ははは、ごめんごめん、川島くん。じゃあ、地球の裏側の彼氏によろしく」
城戸さんが、私の肩をぽんっと叩くと、部屋の中へと入っていった。
「なっ……!」
思い切り図星を指された私は、何も言い返すことができず、しばらくその場に佇んでいた。
「ほら、早く帰らなきゃ、時間ロスしてるぞ」
ひょっこりと顔を出してきた城戸部長の言葉で我に返った私は、ぺこりと頭を下げると廊下を猛ダッシュした。
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