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挨拶でも、と思った遼太郎の親切心はそこで萎んでしまった。
――なんだ。そんなにあからさまに無視しなくても。
階段で行こうかとも思ったが、七階まで昇る気力が起きず、結局二人、気まずい雰囲気のままエレベーターを待つ。
右手に有名なカフェショップのタンブラー、左手に大きな図面ケース。
図面ケースは肩紐がついてないから、指に引っかけて持つしかない。そして背中にビジネスバッグ。
そっと窺った横顔の肌のきめ細かさからみると、男というより青年と呼んだほうがよさそうだ。もしかしたらこの春入社したばかりの新人なのかもしれない。……自分はもうそろそろ『青年』の域からは脱しそうだ。悲しいことに。
背がひょろりと高い。見上げたその頭は真っ黒で、癖っ毛なのか、あちこち自由に跳ねた髪に覆われている。
あまりジロジロ眺めているのも失礼だと思いつつ、先ほど逸らされた視線のことが気になって、つい不躾な態度になってしまう。
やっとエレベーターのランプが点灯し、静かに両扉のドアが開いた。近くにいた遼太郎が先に乗り、青年が後に続く。
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