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一瞬迷った。が、遼太郎はそれを手に取った。黒木が驚いたように目を見開く。
電話はまだ途切れないようで、はい、を繰り返している。
遼太郎は図面ケースを抱えたまま、エレベーターに乗り込んだ。目を見開いたままの黒木が続く。
「――はい。分かりました。おつかれさまです」
微かに唸るようなモーター音を感じながら、電話を終えた黒木に黙ってケースを差し出す。
「あ、あの……その……」
黒木がそれを受け取りつつ何か言葉を紡ごうとしたとき、「5」が点灯し、軽く振動してエレベーターの扉が開いた。
あ、とランプを見上げ、黒木は降りるか降りまいか逡巡するように立ち止まっていたが、「開」のボタンを押したままの遼太郎に遠慮したのか、しぶしぶといった体で扉をくぐった。
扉が閉まっていく。下を向いていた黒木がそこで初めて顔を上げ、ばちっと視線が合った。
「あ、ありがとうございました!」
何故か頬を紅くして、黒木が深く頭を下げた。その姿がドアの向こうに消えていく。
――なんだこれ。
遼太郎はふつふつと沸いてくる高揚感を抑えることができなかった。そして同時に、そんな自分に戸惑いを感じていた。
scene 2. 〈了〉
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