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これから夕食だというのに出かけたくなかった。
しかし自分が行かなければ、彼らは落ち着きそうもない。選択の余地はなかった。
雨が激しさを増す中、大家は男たちとともにアパートを出る。「なんでわしがこんな目に」とつぶやきそうになったが、火に油を注ぐわけにはいかんと意識して口をつぐんだ。
大家はこの地域一帯に、いくつかアパートを持っていた。
酒やギャンブルで行き場のなくなった職人たちに作らせたもので、決して質のいい住まいではない。
苦情が入った日陰荘も、そのひとつである。
そこに住まわせている者のひとり、住人の中では珍しく職人ではない男が、大家や他の住人にとっての悩みの種だった。
「幸秀(ゆきひで)、お前またやらかしたそうだな」
「……」
幸秀と呼ばれた男は答えない。焦点のずれた目で、あらぬ方向を見ている。
これに大家はため息をついた。
「火を使うなとは言わん。魚を食いたい気持ちもわかるしな。だから焼く時は部屋で、窓を開けて…」
「カー、カー、カー」
幸秀は突然カラスの鳴き真似をした。
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