1:幸秀

6/8
前へ
/33ページ
次へ
「ボケクソマヌケ、死ね死ねよーイェイ!」 (お前が死ね!)  大家の憎悪は募る一方だった。 (頭がおかしいなら、さっさと石でものどに詰まらせて死ね…! できれば外でな)  彼の不穏な願いが叶うことはない。  奇行ばかりの幸秀はしかし、自身に迫る危険に対してだけは冷静な判断力を発揮して、日々を好き勝手に過ごし続けた。  それから3日後。  大家に直訴してきた男たちの代表が、日陰荘を出ていった。  幸秀がバケツに溜めた小便を廊下にまいたことで、堪忍袋の緒が切れたのである。  その後も退去者が続出し、日陰荘の1階には幸秀以外誰も住まなくなった。 「ふっふ~ん、ふふっふ~」  住人の気配がなくなった廊下を、彼は嬉しそうに歩き回る。そのそばで、大家は小便の臭いを消すため連日掃除に追われた。  窓を開けずとも臭いを感じなくなった頃、幸秀は新たな奇行に及ぶ。 「カーカーカー! ボケがボケカラスー!」  夜中に大声で歌い始めたのだ。  日陰荘は2階建てであり、上階はまだ住人で埋まっていた。幸秀はそこへわざわざ上がり、歌いながら廊下を走り回った。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加