序章 異変

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序章 異変

 江戸時代、天下泰平の世。ここは将軍のお膝元。秋の終わりごろ、一軒の店を開けている一人の男がいた。  店の看板は屋根にでんと乗っており、達筆な字だ。戸を開けて店の入り口に立ったのはこの店の(あるじ)(げん)(しゅう)(れい)(ざん)だ。紺色の広袖に、動きやすそうな落ち着いた色合いの青の着物を着ている。草履を履いたその背はかなり高い。店の小さな支度中の看板を商い中に変えて、中に引っ込んだ。  霊斬は作ったばかりの刀を、奥の刀部屋(刀をつくる部屋)から持ってきて並べる。  その手は節くれだっており、すらりと長い。いつもと変わらない店の中をぐるっと一周する。店に並ぶ品は鞘つきの刀だけでなく、根付やはばきなどの装飾品も数多い。  霊斬は漆黒の長い髪を後ろでひとつに括っている。端正な顔立ちをしていて、吊り上がった切れ長で漆黒の目は、人を委縮させてしまいそうになるほど目つきが悪い。整った少し高めの鼻梁に、薄い唇。引き締まった身体つきをしている。歳は二十八。 「……?」  霊斬は不気味なほど静かな入り口を一瞥して、内心で首をかしげる。  いつもなら、店を開けて一人か二人くらい客が訪れるのだが、今日に限って誰もこない。  しばらくすれば普段通りに戻るだろうと思い、その日は様子を見ることにした。  しかし、それから一週間が過ぎても、状況は変わらなかった。
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