まねき猫様

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 早苗は、学校でいじめられていた。クラスメイトに無視されたり、仲間外れにされたり。でも、小学校は、行かないわけにはいかない。行きたくなくても、死んでも、行かなきゃいけないのだと、早苗は諦めていた。  早苗のおばあちゃんの和室には、まねき猫がふたつあった。ひとつは、右手をあげていて、もうひとつは、左手をあげている。  右手の猫の方には、「お金を招く猫」、左手の猫の方には、「幸福を招く猫」と、それぞれ、木の小さな看板つきである。  「いいなあ。まねき猫。私も、はやくお金を稼いで、大人になりたいな。大人になったら、小学校なんて、行かなくていいんだもん。」  「あんたの、素敵なお姉さんになった姿を、見たいかね?」  「え?」  確かに、今、早苗のおばあちゃんの声がした。でも、おばあちゃんは去年から、老人ホームにいる。この部屋は、空き部屋だ。早苗の市松人形とか、おばあちゃんが糸で作った手毬の飾り物とか、いろんなものが置いてあるけれど、和室の主だったおばあちゃんは、生涯の伴侶であるおじいちゃんが亡くなってから、「家族に迷惑をかけたくないから。」と、特に病気でもないのに、自ら、特別養護老人ホームに、はいったのだ。  「おばあちゃん?」  「あたしよ。ここ。この、猫。あんたのおばあちゃんの留守を預かっているからね。ついでに、声も、借りているの。」  見ると、まねき猫の、右手が合図するように、ピョンピョンと、動いた。ついでに、となりの猫の左手も、動いて。  「お困りごとでも、あるのかい? 何だか悩ましい、不幸な顔をしてるよ。」と、今度は、早苗の懐かしいおじいちゃんの声がする。  早苗は、夢を見ているようだった。でも、「素敵なお姉さんになった自分」というものを、見てみたかった。  「うん。まねき猫さん、お願い。お姉さんになったら、私、もういじめられないかな。」  「まかせなさい。」  そして、早苗は気づいたら、小学校の女子更衣室の前に立っていた。体育着を着て。  こんな場面なんて、記憶にない。自分の胸元には、6年1組と書いてある。早苗は、まだ、3年生だったはずだ。  「いれてよ。」  6年生の早苗が言った。  更衣室は、鍵がかかって、開かない。みんな、申し合わせたように、着替え終わってから、出てくるのだ。  そして、更衣室がやっと、開くと、そのうちのひとりの、太って体の大きな女子が言った。「先生に、ちくったでしょ。」と。  これは、3年生の時の莉奈だ。莉奈は、日本人形みたいに、頬がぽってりして、綺麗だったのに、今は、目だけが細くて、こんなにブスになっている。  3年生の早苗だったら、「ちくる」の意味も、わからず、うろたえていただろう。でも、今日の早苗は、ちがった。  「あんた、馬鹿なの? ちくるの意味も知らないの? ちくるってね、仲間うちで、部外者に秘密を漏らすってことだけど、私はあんたの仲間でも、友達でもない。仲間外れにして、私を更衣室に入れてくれなかったくせに、ちくるも何もないでしょ。よくそんなことが言えるね。」  莉奈の唇が歪んだ。意地悪をすると、ブサイクになるというのは、本当だった。昔話みたいに。何かの罰が、もっと、あればいいのにと、早苗は思った。  そして、早苗が、左手で、更衣室のカーテンを勢いよく開けると。  「私、知ってるよ。莉奈ってさ、早苗のことだけじゃなくて、私の悪口も言ってるよね。親友だと思ったのに、この裏切り者。」  そう言ったのは、真菜だった。  「そうそう。私は、自分に関係ないし、関わりたくないから黙って見てたけど。早苗に謝りなよ。あんたの恥は、クラスメイト全員の恥。」 と、また、美那子も言った。  そこで、夢は終わった。  もう、窓から差し込む陽は、夕暮れだった。  「まねき猫さん、ありがとう。お姉さんになった私、強かったよ。」  「誰だって、自分の孫が心配だし、大事なもんだ。今度は、みんなが、お前の味方になるよ。だから、堂々としていなさい。だけど、今度は、お前が、いじめっ子にならないと、いいんだが。」  「あの、莉奈みたいに、ブサイクになっちゃうからね。」そう言って、早苗は笑った。    
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