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真実がはっきりしたのは。茫然自失の状態だった私に、父があることを教えてくれたからだった。彼女が死んで、十日ほど過ぎた後。ようやく立ち直りかけていた私に、同じ小学校を卒業した父が尋ねてきたのである。
「なあ、唯。……一つ訊きたいんだけど。小鞠ちゃんって、もしかして“オナカ様の井戸”でおまじないなんかしたわけじゃないよな?」
「え!?なんで知ってるの?」
「……ああ」
父は、ため息を一つ吐いて項垂れた。無駄でも言っておけば良かったのか、とぶつぶつと繰り返している。いつもの優しくて穏やかな父とは打って変わって、心底疲弊した様子だった。どうやら、何かを知っているらしい。あまり語りたくなさそうな父に私はしつこく尋ねると、ようやく彼は教えてくれた。あの井戸には本当に“大きな力を持つ危険な存在”が住み着いているのだということを。それは、この地元の大人ならみんな知っている話であるのだと。
「それも、邪神って言われるような類の神様でな。あんまりにも危険なものだから、井戸を潰すなり封鎖するなりお祓いするなり、過去にはいろいろやろうとしたんだよ。でも、それをやろうとするたび必ず誰かが死ぬってんで、結局手がつけられなかった。あそこの小学校も、あの井戸から遠ざけるために別の場所に移転しようって話が何度も出たんだけど、それも全部立ち消えになった。あの神様は、近くに人間がいないのを嫌がるんだ。そして自分の望みを邪魔するやつは、容赦なく生贄として持っていってしまう。そういう神様なんだよ」
「う、嘘だあ……そんなの」
「嘘じゃない、今度先生にも訊いてみろ。邪魔しようとした人たちはみんな死んだんだ……“生きたまま内臓をごっそり喰われて”な。あの神様は、人間のはらわたが大好物なんだよ」
「!」
それは、小鞠と全く同じ死に方だった。さすがに血の気が引いて固まる私に、父はこう続ける。
「あの神様は、自分を神様として敬う人間の願いなら“何でも叶えてくれる”。ただし、願いの対価として……願った者は、別の人間の腸を差し出さないといけないんだ。差し出さなかった場合は願いが叶わず、願った人間が内臓を持っていかれてしまうことになる」
だから、唯一打てる策を打ったんだよ、と父は項垂れた。神様の犠牲者を出さない、機嫌を損ねないたった一つの方法だったのだと。
「だから、別の噂を流したんだ。あの井戸に近づくと恐ろしいことが起きるという噂。それから、“間違った”おまじないの呪文を。あの神様は、自分を神様と敬わない人間のことは、具体的な邪魔をしない限り無視をする。……あの神様を“あやかし様”と呼べば、願いは叶わないし犠牲者も出ない。……なあ唯。小鞠ちゃんは、あの神様を“神様”と呼んでしまったんじゃないか?」
おまじないは。正しい呪文を言ってしまうことこそ、失敗だった。私は教えられた“間違った呪文”をそのまま言ったから無事だったのだ。
もし、私も小鞠と同じように、うっかりオナカ様を“神様”と呼んでしまっていたら。私も今頃は川原で、地獄の苦しみの中命を落とすことになっていたのだろうか。
この件以来私は安易に“神様お願い”なんてことは言わないようにしている。言ってはいけないと戒めている、と言っても過言ではない。
なんせあの井戸は。私が大人になった今も変わらず、封印することもできないまま――そこに存在し続けているというのだから。
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