箱の中身

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 飲み物は、と聞かれて、彼の雰囲気にのまれていた私は、いつもは頼まないようなミルクティーを注文してしまう。  着る人が違えば、いやらしく見えるようなサーモンピンクのシャツに光沢のあるグレイのネクタイが、彼にとても似合っている。少し癖がある前髪と優し気な瞳は、確か私よりだいぶ年上だと聞いていたのに、職場の男性陣より若く見えた。  周りの言いなりになってこんなお見合いの席に来るような人だから、この前の人みたいに、てっきり残念系のお坊ちゃまだと想像していた分、用意した私のシナリオは役立ちそうもない。 「今日は、お仕事だったんですね。お父様のお手伝いをされているとか」  彼は順番に、私のスーツと大きすぎるカバンへ視線を移してそう言った。  確かに初めて会うのなら、その気が無いにしても、もう少し色気のある服装の方が失礼じゃなかったかもしれない。でも、思ったより仕事の時間が押してしまって、着替えるどころか遅刻することになってしまった。 「…関連の所で、仕事をしています。今日は…急な出勤で」  説明不足な言い訳は、嘘にはなっていないはず。どこかで、この人に嘘はつきたくない気がしたけれど、それがどうしてなのか深くは考えなかった。 「そうですか。…責任を持てる仕事をなさっていることは、いいことですね」  きちんと言い終わってからカップに手を伸ばすしぐさは、育ちの良さを感じさせる。気が進まないだろうお見合いの席に、私の遅れてきた理由が“仕事” だったことにも、全く嫌な空気を(にじ)ませない。  この前の相手は、私が仕事をしているとは微塵(みじん)も思っていなくて、平日の昼間に次の約束をしようとした時点で、差しさわりないようにお断りさせていただいた。  でも目の前の彼は、仕事をしている私を肯定している。  人間ができているのか、私にはそれほど興味がなくて、取り敢えず今日のこの時間を無難に過ごせばいいと思っているのか。  いずれにしろ、これから数時間なら一緒に居てもいいと思える彼の雰囲気に、少し安心して紅茶を一口含んだ。
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