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箱の中身
全く気が進まないのに、腕時計の時間を気にして待ち合わせの場所に急ぐ。きっといつも口にしている”時間を守りましょう”という言葉を、身をもって示さなければと、自分の中の習慣になってしまっているのかもしれない。
よりによって、こんな高級ホテルのラウンジじゃなければ、もう少し気が楽だったかもしれないのに。
地味なダークネイビーのスーツに身を包んだ私は、それに見合った、お洒落感の全くないビジネスバックを肩にかけ直しながら、ドアマンの立つ回転扉をくぐる。
ちょうど、夕方のチェックインの時間が重なって、インターナショナルな雰囲気で溢れているロビーを奥に進みながら、あわよくば、この人込みでその人を見つけられなかったと言い訳をしようかと思ってみた。
でも。
自分のしたいことをするための約束を、反故にするわけにはいかない。一つずつクリアしてそれを繰り返していけば、もう少し時間が稼げるかもしれないから。
「結城様、いらっしゃいませ」
そんな考えを見透かされているように、顔なじみのスタッフに声をかけられた。
「こちらでございます。お待ちになっておいでです」
前科のある私の考えそうなことはわかっている父に手を回されたと直感して、仕方なく後に続くと、案内されたのは窓際のテーブル。窓から見える夕日が映し出した、植え込みの方を向いているその人の顔はよく見えない。
「遅くなって、申し訳ありません」
本当に、だいぶ待たせてしまったのは事実なので、それについてお詫びをしてから顔を上げると、立ち上がったのは、予想を反してスタイリッシュで爽やかな笑顔の男性だった。
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