あわい

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 不気味な重低音で目が覚めた。  気がつくと、私は両手両足を拘束されていた。  何が起きたのか分からなかった。頭がずきずきする。何とか身を起こすと、ここは工場の中らしかった。薄暗い中に何に使うかも見当がつかない古びた鈍色の鉄の工作物が置かれている。 「弁護士先生、よく来てくれたね」  声がして振り向くと、そこにはやや小太りの中年男らしい影。薄暗さに目が慣れると、その顔が判別できた。私は息をのんだ。それは、あの母子殺人事件の被害者遺族である加藤さんである。妻と子を惨殺された男。私の脳裏に、判決が出た瞬間の傍聴席に見た、放心したような彼の表情がよみがえった。あのときは喜びに震える中、自分では見なかったことにしていた記憶。  私は背中に冷や汗が流れるのを感じた。 「加藤さん、これはどういうことです。こんなことをして、どうするつもりです。今すぐ、私の拘束を解いてください」  加藤さんは暗く笑ったように見えた。 「さすが、先生は紳士的だね。ふつうはもう少しパニックになるものじゃないかい」  私は体の震えを意識しながらも、つとめて冷静にふるまおうと決心した。 「あの判決のことでしたら、こんなことをするのは間違っています。あなたが納得できないお気持ちはわかります。しかし、判決が不服なら、法的手段に訴えられたらいかがでしょう」  ふいに、左腕に激痛が走った。私は思わず叫び声をあげていた。 「これだから」  加藤さんは、薄笑いを浮かべながら手にした巨大な銛のようなものを引き抜いた。私の左腕は鋭利な太い切っ先に貫かれて、ぞっとするほどに血がふきだしていた。私は痛みにのたうった。自分の体からこれほどの血が流れ出る初めての感覚、ぬるっとした触感。 「さすが先生は、実に正論を吐くね」  皮肉を込めたような加藤さんの言葉を耳にして、私はかっとした。逆恨みも甚だしいではないか。私は弁護士としての職責を果たしただけだ。恨まれる筋合いではない。 「こんなことをして、亡くなった奥さんと子供さんが喜ぶとでもいうんですか。冷静になってください」  口調が強くなっていく。  が、次に来たのは、右腕の激痛だった。今度は大きな工作用のペンチで力まかせに殴られていた。骨が折れた音がした。
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