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襲撃
「アーリン? こっちに子どもが……アーリン?!」
アーリンの部屋に入ると少年が机の上に立ってアーリンの首を絞めていた。すぐに引き剥がそうと持っていたバケットを投げ捨て少年の腕を掴んだけど、力が強くなかなか離れようとしてくれない。
「なんだ……この力っ!」
「――っ、う……っあ」
僕が戸惑っている間にもアーリンは首を絞められ苦しんでいる。僕に弱い物をいじめる趣味はないけれど、少年の顔を手のひらで押しのけ身体ごと引き剥がそうとした。ミシミシと骨が軋む音がするのに少年は叫びもせず、アーリンの首を両手で掴んだまま。無表情で首を締め続ける異常な光景を目の当たりにして僕は成す術もなかった。
「……お、まえの、たま、しいほし、い」
少年が発したそぐわないその一言で少年に悪魔が取り憑いていることが分かった。
「聖水……!」
アーリンは僕に最後の力を振り絞ってベッドの下を指さす。すぐにベッドの下に潜り込みアタッシュケースを引っ張り出した。ケースには魔除けがかけられているのか、触れるだけで軽く火傷する。
「っつ……待っててアーリン! 今助けるからね」
蓋のロックを解除してケースを開けた。
「ぎゃあああああ!! 目が! 目がああ!!」
開けて目に飛び込んできたのは大きな十字架。かなり清められていたせいで目の中が燃えるように熱い。急な不意打ちに押し負けそうになりながらも、ぼやけた視界の中、聖水の瓶を手さぐりで掴み取り少年に向かって勢いよく中身をぶちまけた。
「ウギャァァアアア!」
断末魔のような叫び声と共に、フシュウと少年の身体から湯気のようなものが立ち上る。湯気のようなものが消えたかと思えば、少年は意識を失うように机から落ちようとしていたので、とっさに駆け寄り身体を支えた。
アーリンは少年の手から解放された。力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
「ゴホッ、ケホッケホッ……」
むせているアーリンの背中を擦ろうと少年の身体をゆっくりと床に寝かせ、傍に寄り添った。
「大丈夫? アーリン」
「平気だ……クソッ、油断した」
アーリンは横たわっている少年を睨みつけた。少年は床の上でスー、スーと寝息を立てて寝ている。アーリンは深く息を吐いたあと、少年を抱きかかえベッドの上へ寝かした。
「今のって何?」
実際、悪魔に取り憑かれた人間を見るのは初めてだった。あんなにも力が強いなんて知らなかったし、今までちゃんと掃除をしてこなかったから気づかなかったけど、恐ろしいものをベッドの下に隠していたことも知らなかった。アーリンに色々と聞きたいことがいっぱいあったのに……
ぐるぐぐるる~。
張りつめた緊張感の中、僕のお腹が空気を読まないで鳴る。そうだった。起きてから何も食べていなかった。それに今日は色々と自分なりに頑張ったし、頑張った自分を褒めたいぐらいだ。
「質問しておいて腹を鳴らすなよ。かっこ悪いな」
軽く舌打ちされて溜息をつかれる。何回も見てきたから、もうすっかり慣れっこだ。
「えへへ、お腹すいちゃった。そうそう、ランドルフ知らない? 起きてからずっと探しているんだけど見つからなくて……」
アーリンなら昼間も起きているし何か知っているのかもしれない。そう思って聞いてみれば絶望的な答えが返ってくる。
「は? 聞いてねーの?? ランドルフなら長期の仕事で1週間は帰って来ないぜ」
「うっそ……」
そんなこと全くもって本人から聞いてない。しかも1週間帰って来ないなんて冗談にもほどがある。そんなことなら昨日、血をたくさんもらっておけば良かった……!
1週間……いや、あと7日間も耐えられるだろうか? すっかり最近、ランドルフのおかげで飢え知らずになっていたのに……。
「オイ、生きてるか」
目の前をアーリンの手が横切る。
「あーうん、ランドルフに拾われる前に1週間我慢できたからきっと大丈夫だよ……うん、大丈夫。考えただけで気が遠くなるけどね」
フーッと溜息をつく。アーリンに迷惑がかからない場所を探さないとなぁ……と考えていた時「そんなにしんどいのかよ」と声をかけられる。
「それなりにね。他の血を飲みたくても僕が飲める人は限られているし……ランドルフが帰って来るのを大人しく待つしかないよ」
自分に言い聞かせるように何度も何度も頭の中で繰り返す。『トーマ、ここに住むなら僕の血以外飲まないこと。それだけは約束してくれる?』それと同時にランドルフの言葉も再生した。
「……めよ」
「え?」
アーリンが小さな声で何かを言った。そして膝蹴りされる。僕は尻餅をつき見上げた。
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