お仕置き

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お仕置き

「口元に血が付いているよ、トーマ」 「えっ」  慌てて誤魔化すように口元の血を拭った。だけど見られた以上、もう遅い。 「そんなにがっつくほどお腹空いていたのかな。僕以外の血を吸うなんて……イケナイ子だ」  カツ、カツ、と靴音をわざと鳴らしながら歩み寄ってくるその音が僕の終わりを刻一刻と迫っていた。 「ら、ランドルフ! 違うっ! これには深い訳があって……そうだ! アーリン! アーリンに聞いたら分かるよ!」  アーリンに助けを求めるために部屋を出ようとすれば、ランドルフが服の袖から長いチェーンを取り出して僕の身体を縛り上げた。ギシギシと鎖が僕の身体に纏わり付き身動きが一切取れなくなる。 「ランドルフ……?」  正直なところ帰ってきて嬉しい。……嬉しいけれど今、このタイミングでの登場は望んでいなかった。  グイっとチェーンを力強く引っ張られ呆気なく僕はランドルフの懐に収まる。胸元から見上げるとランドルフの顔に陰りが見えた気がして怖かった。 「ち、ちがうから! 誤解してるんだよ! アーリンがいいって言ったんだ!!」  別に僕は悪くない。だってアーリンがいいって言ったのは事実だもん。それなのに、ランドルフはニコニコと笑うだけで相手にしてくれなかった。 「言ったよね、出会ったあの日の夜に」  いつもと違う冷酷なトーンで表情を変えず不敵な笑みを浮かべている。それに負けじと言い返した。 「もちろん忘れてないよ! で、でもっ……帰って来ないって言ってたじゃん!! アーリンには言って僕には言わなかった。だから、だから……」  なんとなく裏切られた気がして悲しかった。そう実感したら涙があふれ出てくる。ぐずぐずに濡れた僕の顔を優しくランドルフが拭ってくれた。 「そうなの、寂しかったんだね。嬉しいな、そんなトーマの一面を見れて……でも約束は約束。約束を守れない子には罰を与えないと」  思わず背筋が凍るような目線に、ゴクリと息を飲み込んだ。ランドルフはゆっくりと僕の口元に手を添えあごを持ち上げる。そして親指を使い唇を開かせ、歯列をなぞった。 「ふぁんろるふ??」  何をしたいのか分からなくて名前を呼んだけど笑顔でかわされた。すると突然、ランドルフの指が僕の八重歯を掴む。 「ふぇ??」 「覚えてないの。もし約束を破った時、その時は……この八重歯を引っこ抜くって」 「え?」  お、お腹空いていたとはいえ、なんて恐ろしいことを約束していたんだ! 僕は!! 「そしたらトーマは他人に八重歯を突き刺して勝手に食べる事が出来なくなるもんね。そうだ、何で最初からこうしなかったんだろう。ヴァンパイアが約束を守る保証なんてないのに。僕はバカだなぁ……」  やばい、やばい、やばいやばい……ランドルフは、やると言ったらやるんだ。背筋がゾクリとして八重歯が抜かれたような感覚に陥る。 「ペンチなんて物、教会には無いから、コレでいいよね?」  ランドルフが僕の口から指を抜き、取り出したのは細いテグス。それを両手の端で持ち僕に見せた。見えない蜘蛛の糸を持つランドルフを見て虫歯にならない歯がズキズキと痛み出してくる。 「待って、待ってごめ……え?」  少し口を開けただけなのに、ヒュンと口の中に風が通った。 「トーマの八重歯ちいさくてかわいいね」  ……ほんの一瞬だった。痛みなんて感じる前に歯の空間を感じる。 「僕はプロのエクソシストなんだ。アーリンは見習いね」  今日、身をもって知った。ランドルフは間違いなくプロのエクソシストで躊躇うことがない。きっと今までに祓われてきた悪魔達は何が起こったのか分からないまま天に召されたのだろう。 「もしかしたら、トーマはヴァンパイアじゃなくてインキュバスかもしれないね。悪魔嫌いのアーリンから血をもらうなんてありえないよ」 「いや、僕はれっきとしたヴァンパイアだ!」  次に口を開けた時、もう口の中の出血は止まっていた。抜けた歯の回復には時間がかかりそうだ。 「なら、トーマがインキュバスじゃないって証拠見せてくれる?」
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