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ひと時の別れが永遠の別れのように苦しく悲しく寂しく心を襲うのは、常にとなりに居た人が常にとなりに居なくなってしまうから。当たり前が、少しの間だとしても無くなってしまうことがひどく恐ろしく、けれども行かないでなんていうわがままは言えない。
少しの間だよと言われても、少しの間がどれくらいの時間を指すのかわからなかった。
壮の父は体が弱いけれど、とても強い人だった。
小学五年の夏、その父が他界した。父は最後の最後まで微笑んでいた。
既に祖母は亡くなっており、田舎で独り暮らす祖父は更に孤独になってしまった。そんな祖父の心を埋める為に、壮の母と彼は田舎で祖父と暮らすことを決めた。
壮には大切な人が沢山いる。両親に祖父母、それから物心つく前から家族のように一緒だったご近所のみんな。
その中に、誰よりも特別に思う幼馴染がいる。
おてんばで変人でわがままで泣き虫だけれども、太陽のようにいつもみんなを幸せにしてくれる二つ歳下の雫という女の子。
彼女の一番の特別は自分ではないと思っていたが、そうではなかったことを知ったのは引越しの前日のことである。
雫は泣いたあと、いつもなら笑うのに、その日は笑わなかった。壮は笑わせることが出来なかった。
みんなで遊んだ最後の日、「またね」と言ってみんなで帰路に着いた。名残惜しさを忍ばせて自分たちの家へと散っていき、壮も自宅へ続く通りの角を曲がった。
すると自然と足が止まった。
そうして、思い出がたくさん詰まったご近所という庭をもう一度歩いてみようと踵を返した。
祖父が父の葬式のあと、寂しげに「あっちに居てもなあ」と言った。寂しそうに肩を落として。
祖父は祖母が亡くなってからの暮らしで、家や町に染み込んだ祖母との思い出を大事に大事にしながら生きてきた。そこには、ただひとりの我が子の思い出もたくさん刻まれている。こちらに来ては想いを馳せることしかできない。触れることはできなくなる。
祖父は「あっちに居てもなあ」とは言ったけれども、「こっちで暮らそうかなあ」とは言わなかった。今はまだ離れたくないということだ。
「いずれはそっちに行こうかねえ」
そう言った。
だから祖父がこちらに行こうと言うまでは、自分たちがあちらに行くことに決めた。刻まれた思い出を大切にしながら新しい思い出も作っていけるように。
遠く離れた場所に住む祖父はあまりこちらへ来たことがない。こちらで我が子の残したものに触れてみたいとも言った。思い出を巡ったら、そちらに行きたいと微笑んだ。
だからまたここに帰ってくる。祖父と一緒に。
それまでの少しの間、ここを離れているだけだ。大切なものがたくさん詰まったこの庭から。
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