「またね」と言わずに「すきだ」と言った、ほんの少しのさよなら時

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「俺、雫が好きだ」  今、気持ちを伝えておかないとと壮は思った。雫の一番大切な人が自分でなくても。  急に言われた好きという言葉にびっくりした雫が壮を見上げた。壮は顔を真っ赤にして照れくさそうなのに、あまりにも優しい目をしていた。  遂に雫は嗚咽を堪えられなくなった。 「本当にちゃんと戻ってくるから、俺のこと忘れないで待っててくれる?」  遂にぽろぽろ涙を落としはじめた雫が、手を伸ばしてぎゅっと壮の手を掴んだ。  雫は嫌だと言いたかった。待っているのではなくて、そばに居てほしい。けれどもわがままは言っちゃダメだと一生懸命に自分へ言い聞かせる。  なにも言えない。口を開いてしまったら、壮を困らせることしか出てこない気がする。  雫は顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を溢れさせながら、何度も何度も頷いた。  こんなにも必死に頷いてくれたことが壮は嬉しくて、でも切なくて、そうしたら自然と体が動いていた。  初めて女の子にキスをした。  壮が体勢を元に戻すと、あんなに泣いていた雫が涙を止めていた。  雫は涙が止まるくらい苦しくなっていた。壮のキスは優しくて、そうしたら苦しくなった。顔は火照るのに、胸は痛いくらいに苦しい。けれども、それがどうしてなのかわからなかった。壮が居なくなるのは寂しい悲しい、それでも仕方のないこと。じゃあどうして苦しいのだろう。この苦しいは寂しいや悲しいとは違う気がした。 「絶対に、帰ってくる?」  心許ない声で雫が言った。 「うん。じいちゃんが、こっちでも暮らしてみたいって」  出来るだけ優しく優しく優しく。最後くらい、優しく優しくしたい。  雫は今自分の顔を壮に見せるのが怖くなった。壮の顔を見るのも怖い。壮も雫の顔を見るのが怖くなった。自分の顔を見せるのも怖い。笑ってまたねと別れたい。それなのに、どうやって笑えばいいのかわからなくなった。  ふたりは真っ直ぐ前を向いていた。  ちょうど夕陽が赤くなりはじめていて、自分たちを照らす紅色が更に心細さを誘う。 「壮君が優しいの変だ!」  突然雫がそんなことを言い出した。まるで不服だとでもいうように。 「俺はいつも優しい!」 「嘘だ。壮君は意地悪だもん……」  強がっているに違いなかった。 「それは雫がわがままばっか言うからだ」  離そうとしない雫の手から、微かな震えが伝わってくる。そんなに頑張らないでも、わがまま言っても構わないのになと壮は思った。  雫はわがままを言ってしまいそうな自分の気持ちをどうにか抑えつづけられていたけれど、体は勝手に壮へ寂しい悲しい苦しいと伝えようとしていた。  このままではいけないと思った雫は、恐る恐る壮の手を離した。  思わず壮は雫の顔を覗いた。  雫は空っぽになってしまったような表情を浮かべていた。  手を離してみたら、いろんな気持ちがすうっと引いた代わりに、雫は全てを失くしてしまったような気分になってしまった。涙が渇いて、強張っていた体から力が抜けて、ぼんやりとしてきてしまった。まるで現実感が持てなくなった。  そろそろ帰らないとおばさんに怒られそうだなと思いながらも、壮は帰ろうと言えないでいた。暗くなるまでには帰らなければ。暗くなるまでには。  近所の外れといっても家は目と鼻の先だ。もう少しこのまま居ようか。しかし長く一緒に居れば居るほど離れ難くなりそうだった。今日だけはきっと雫のわがままを幾らでも許してしまう気がする。  壮は思い切って立ち上がり、雫の前に立つと手を差し出した。雫はぼんやりと差し出された壮の手を見つめた。 「手。繋いで帰ったらダメ?」  言ってみたものの、壮は少しだけ照れくさかった。雫の弁ではないが、雫に優しい自分というのはやっぱりなんだか変な感じだ。優しく優しくしたいのに。  と、なにも言わずに雫が壮の手を取った。そうして立ち上がった。ぼんやりとした目に、また涙が集まりはじめていた。
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