竜のちいさな落とし物

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 夕闇が迫ろうとしている中、帰りがけに竜に出会った。この時間帯に、痴漢には遭ったことはあるが、もののけの類の、竜に会ったのは初めてだ。  少し黄身のかかった白い竜。私の膝くらいの高さしかないが、自在に空を飛び回れるようで、あちこち私の頭の辺りを忙しなく動き回ることに、最初は少し戸惑ったがすぐに慣れた。  なんでも落とし物を探して欲しいとのこと。竜の宝玉、(わし)の宝玉はぴかぴかで、きれいなやつ。大きさはあれだ。石より大きいか小さいか、だいたいそれくらい。  ちょっと竜の語彙力は足りないが言いたいことは分かった。とは言え、私が今いる場所は山をひと筋ぶん削って道路にした場所。草をかき分けて探すとなると、大変なことになるだろうし、そのまま夜になって真っ暗になると、痴漢にもまた遭うかも知れないし何なら宝玉を見つける前に狸とかに会いそう。  そう話すと、狸はまだいいけど狐は止めとけ。あいつの価値観は無茶苦茶だぞ、と言われた。その忠告は、それはどうも、と思ったけど、私が言いたいことはそうじゃない。木の枝を使って草をかき分けながら、これはえらい手間になるなあと思った時、もし宝玉とやらが丸くて転がるとしたら、雨水を流すための、道の脇の側溝が一番可能性が高いのではないかと思った。  側溝は見たのかと聞くと、何だか金属の蓋が怖いから見てないと言う。仕方がないから、坂になっている道路の、低い場所から木の枝で、くりっとやって金属で出来た蓋を持ち上げる。順々に探していって、低いところから五つ目の場所を、くりっと持ち上げた瞬間、あ、これだ! と思った。落ち葉に埋もれながら、淡く光っている珠を見つつ、これかな? と聞くと、おうおうこれこれ。拾い出してみると、ラムネの瓶に入っているビー玉くらいの大きさで、透明で、そうして薄く発光している。夕方じゃなかったら、これは見付け切れなかったかもしれない。  拾った宝玉を見つめていると、そうか触ってしまったか、と竜は呟く。拾ったら駄目だったかな? と聞くと、いや全然構わんけど。と答えられた。地味に腹が立つ。  その宝玉、(わし)の方に放り投げてくれないか? と言われた。渡すのではなく投げる? と思ったが、下から軽く反動をつけて、ふわっと竜の方に投げると、その途中で一瞬光が強くなったと思ったら宝玉はどこに行ったものか消えてしまった。どこに行ったの? と聞くが、(わし)にも分からん、と竜は答えた。  この世のどこかに宝玉は行って、それを拾った者は何かいいことがあったり、悪いことが治まったりするのだそうだ。相変わらず、ふわっとした説明だ。結局誰かが拾うのなら、側溝じゃ駄目だったの? と聞くと、側溝はなぁ……とだけ答えた。誰に拾われたい? と聞くと、誰でもいい。拾われるのは明日かもしれないし、200年ほど後かもしれない。ともかく誰かが拾って、儂が困っている者を助ける。うん、それはいいな、(わし)は格好いいな、と自分で竜は言う。  ともかく助かった。とひとこと竜はいうと、身を翻して空高く消えてしまった。拾ったお礼も何も無しなのか、とも思ったけど、ちょっと面白い体験だったので、一緒に住んでいる彼にこの話をしようと、彼の好きなお寿司を買って私は帰宅した。  帰った先には私にはもったいないくらいの美しい顔立ちの彼氏。私の持ち帰ったいなり寿司の袋を見て大喜びする。この顔が見たくて、私は彼の分まで一生懸命働いているのだ。  いつもありがとうーーと彼は私を抱きしめたあと、あれ? 今日の君は少し生ぐさい匂いがするよ、誰かに会ってきた? と聞いてきた。  あ、そうか、と、私はやっと合点がいった。この人狐が化けているんだ、と気付いた。お金にルーズだったりやたら火を嫌ったり、変だなぁとは思っていたけど、そうか、この人狐だったんだ、と気付いた。  そんなことを思っていることを、彼は知ってか知らずか、ねえ、お揚げとわかめのお味噌汁を作って、早くごはんにしようよ! と、ニコニコしながら私の方を見つめている。目が細くて、ちょっと悪いことも自分のためだったら平気で行動しちゃう彼氏。 「狐はやめておけ」の、さっきの竜の言葉を思い出しながら、私はお鍋に火をかけながら、お味噌汁に使う油揚げを刻んでいる。みんなが「あいつはやめておけ」って言っていたけど、もののけの竜までそう言うものかね。私は初めて、彼との今後に少しだけ、「やめる」という選択肢を考えながら、お味噌汁と油揚げと水菜の常備菜と、さっき買ってきた稲荷寿司という、簡単なお夕飯の支度をしたのだった。
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