MIDNIGHT SURFACE

7/8
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 俺は全身が疑問符になったような気がした。彼は、俺が見た神々しいばかりにカッコよかった彼は、では一体なんだったのだ ? 俺にしか見えていなかったのか ? あのときは大音量に圧倒されていたのと、彼の姿に釘付けになっていたのとで、ほかの客と話すこともなかったが、もしもあのとき、俺が隣の誰かの袖でも引いて、ステージ上のあのカッコいい方のギタリストはなんという名前か、とでも尋ねていたら、薄気味悪がられて終わりだったのだろうか。  酒のせいで幻でも見たんだろう、と友達は決めつけた。俺が呑んだのはコーラだと言うと、あの店ではアルコールしか出さないので、コーラと注文しても必ずベースにアルコールが入っていたはずだと言う。そうなのだろうか ? 本当に、俺が見たのは生身の姿ではなかったのか ? 美しくも逞しい、彼のギターの旋律さえはっきりと耳に残っているというのに。  奇妙な、不思議な体験だった。あの出来事はそして、ある種の『降臨』としてメンバーのあいだで恭しく受け入れられている。結局、あれがきっかけでバンドが誕生したのだから。  この十二年間、俺たちは最初のメンバーのままでやって来た。親に宣言した通り、俺はレベルアップした高校に入学し(もちろんメンバーの尻を叩いて皆で同じところに入った)、そうしてプロを目指したがゆえに一緒に中退して、バイト生活をしながらゆっくりと力をつけ、インディーズ・レーベルに拾ってもらったのち、メジャー・デビューを果たしたのが五年前。いいことばかり、ラッキーだったことばかりではなかったし、文字通り苦楽を共にした仲だ。  今ではようやくメディアに名前が浸透して、あまり大っぴらに街を歩けない程度には、人気を博している。小規模のホール・ツアーが大成功だったので、つぎはアリーナ・ツアーだと気炎を上げるスタッフも頼もしい。バンドとしては上昇気流に乗った、とてもいい時期にあると思う。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!