MIDNIGHT SURFACE

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 その夜遅く、僕はふらふらと帰宅して、感動のあまりつい堂々と玄関から入って「ただいま〜」と声がけまでしてしまうヘマをやらかして、こっぴどく叱られたが、お馴染みの反抗心はなんだか全然湧いて来なかった。それくらい僕のアタマはぶっ飛んでいたし、狡賢く計算もしたのだ。これからギターを買ってもらわなければならなかったから。  中学生ではバイトはできない。けれどもすぐに、明日にでもギターが欲しかった。だから僕は、絶対勉強と両立すると言ったのだ。高校も、親がびっくりして二の句が継げなかったところにランクアップを宣言した。ギターと聞いて親父がアコースティックギターかと興味を示したものの、エレキギターだと知ると複雑そうな顔になったが、僕の本気度は伝わったらしい。そう、僕はもうのんびり悪ぶっている場合ではなかったのだ。  僕は悪友どもに電話をかけまくることからはじめた。ロック・バンドをやりたい。一からはじめるという不安はあるし、親と約束した入試の苦行も巡って来るが、とにかくバンドを作りたい。そしてギターを弾きたい。いや、プロのロック・ギタリストになりたい。僕はこのとき、本物の夢を手に入れたのだ。  人生の岐路というのは、なんとも不可思議なものだ。なにがきっかけになるか、予想だにできない。それが、たとえほんのガキのころに巡って来たものでも、足をつまづかせたそれがただの石ころではなく、なにかとても貴重な宝石の原石だったってことが、十分にあり得るのだ。  この俺のように。  友達に電話をかけまくったあのとき、『すごくカッコいいギタリストがいたんだ』とは言わなかった。  彼のことは、その音も姿も片時も脳裏から消えることはなかったが、名前を知ろうとはしなかった。もう一度あのライヴ・ハウスに行こうとも思わなかった。それは、間違いなく十四の俺の転機となった彼への礼儀のようなものだったかも知れない。とにかくきちんと形を整えてからでないと、会いに行ってはいけない気がしたのだ。たった一度見たきりの彼は、俺の大事な大事な聖域だったし、そのときはそんな言葉があるとも知らなかったが、カリズマだった。
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