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Day 16. 無月(恋愛系)
「今日は無月ね」
病室の窓から外を眺めていた幼なじみが、ぽつりと呟いた。
「どういう意味?」
初めて聞く言葉に、僕は首を傾げる。彼女は博識で、僕は馬鹿だ。
「中秋の名月が、雲に隠れて見えないこと」
彼女はベッドに座り直し、僕がおみやげに持ってきた兎とお月見団子のフィギュアを組み立て始めた。お見舞いに来る途中でガチャガチャを回してきただけなので、ラッピングも何もない。
簡素なフィギュアを、けれど彼女は嬉しそうに飾り付ける。
ふーん、と僕は相づちを打つ。
その言葉自体に興味があったわけでは、別にない。
ただ、彼女と話をしていたいだけだった。
「……月は見えてこそなのにね」
兎を指でつつきながら、彼女が言う。
輝かない月に何の意味があるんだか。そう言う彼女の暗い顔から、本当に月のことを言っているわけではないことは、僕にも容易に想像できた。
「月は綺麗だよ」
僕は言った。
「見えてないだけで、月は輝いてるよ」
いつも通りの顔で言えただろうか。
「……そんなこと、言われなくても分かってるわよ」
彼女はふいと顔を背けて、また曇り空を眺め始めた。
彼女の表情は、僕には見えない。
彼女は博識で、僕は馬鹿だ。
だから、僕は「月が綺麗だ」と言う意味を知らないし、僕がその意味を知らないことを、彼女は知っている。
そういうことに、なっているはずだ。
今はまだ、それでいい。いつかちゃんと言葉にするから。
今は、まだ。
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