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顔が近づき、息を呑んだ。そんなの、どっちにしろ逃げ場がないじゃないか。望むことはしてあげたいけど、恥ずかしさが勝って身体が動かない。
意を決し、固く目を瞑った。すぐそこで感じる吐息に口を小さく開けば、ゆっくりと、確実に重なり合う。
葵くんの舌先が、咥内の入り口をなぞっていく。やさしく、這うように侵入し、縮こまって動けないでいる私のそれにそっと触れた。
「ん、ぅ……」
身体を支えていた手が、更に強く抱きしめる。これ以上縮まらない距離を、両手でさらにぎゅうぎゅうと密着させ、それに合わせるように蠢く舌が更に奥へと進んでくる。
根本をつつき、舐め上げ、絡めとる。だんだんと呼吸が苦しくなり、余裕の無い息が鼻から漏れていく。
どうしよう、なにこれ、どうしよう。頭の中が真っ白で、優しいけれど、絶対に離してはくれない力強さにただ身を任せるしかない。
なまめかしい音を鳴らしながら唇が離れ、すぐにまた吸い付く。引き出された舌にぬるりと絡みつく感触が、脳を痺れさせるように刺激する。
がくりと足から力が抜け、驚いて目を開けた。瞬時に口が解放され、崩れ落ちるよりも前にその腕で支えられる。
「大丈夫?」
覗き込むその顔が熱に浮かされていて、目が離せなくなった。濡れた口元の意味するものを理解し、震える。そっと、大きな手が頬に触れた。
「その顔やばい。我慢できなくなる」
再び顔が近づいたかと思えば、今度は軽く啄み、すぐに離れた。支えている腕の力が徐々に弱まっていくので、慌てて足に力を入れて床に立つ。
「今日は帰るけど、次はもっと手だすからね」
私の口元を少し乱暴に拭い、そう宣告する。向けられた背中をただ呆然と見つめていると、あ、と思い出したように振り返った。
「鍵、ちゃんと閉めろよ」
「……う、うん」
いつもの調子でそう言ったかと思えば、颯爽と出て行ってしまった。しばらく立ち尽くし、慌てて言われた通りに鍵を閉める。
ふらふらと廊下を歩き、部屋の前で足から力が抜けて崩れ落ちた。未だに口の中の感触が残っている。いつもの飄々とした彼からは想像もつかないような行為に、心が追い付いていない。
次はもっと、と言った帰り際の言葉に、更に全身に熱が込み上げてきた。そっと自身の唇に触れれば、指差に火照った弾力が伝わってきた。
終
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