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平日の夜、仕事を定時で上がり、足早に職場を後にした。終業の鐘と同時に出るなんて、学童のお迎えに行っていた時以来だ。ほんの少しだけ懐かしくなる。
予め必要な食材は用意してあるので、足りないものだけ最寄りのスーパーで買って帰った。家に着き、一息つく間もなくキッチンに立つ。
誕生日のお祝いに、夕飯を作ってご馳走する。それが私の選んだプレゼントだ。私に出来て、彼が喜んでくれそうなことが他に思いつかなかった。本当に喜んでくれるかは別として、まぁ、無難だとは思う。
葵くんが学童のバイトを終え、うちに着くまでに二時間ほどある。その間に急いで料理を済ませた。食の好みはなんとなく分かっていたから、メニューに困ることはなかった。
予定の時間よりも少し早く、葵くんが到着した。エントランスの鍵を開け、バタバタと支度をしているうちに玄関のチャイムが鳴る。
「い、いらっしゃいませ……」
慌ててドアを開けて迎え入れると、少し驚いた様子の葵くんが顔を覗かせた。いつものバイト帰りの恰好に、またも懐かしさが込み上げる。
「エプロン姿、初めて見た」
「え、あっ」
「髪も」
「あー……っ」
料理の準備に気を取られて、身支度のことをすっかり忘れていた。動きやすいように纏め上げていた髪を解き、エプロンを外す。こんな生活感丸出しの姿で迎え入れてしまうなんて、失態だ。
「そのままでも良かったのに」
私の気も知らず、葵くんが呑気に言いながら部屋に上がる。ここへ招くのは、以前、我儘を言って泊ってもらった時以来だ。あの頃には付き合うことになるとは思っていなかったから、今よりも全然心の余裕があった。
こうして恋人同士になって、改めて部屋に上げるのはなんだか緊張する。対して葵くんは、当時の初々しさなど無かったかのように普通だ。
「凄い、これ全部作ったの?」
「うん……」
テーブルに並べられた料理を見て、葵くんが感心するように言った。作りすぎたかなと思うも、目を輝かせて言ってくれるので安心した。
「もしかして、結構急いでくれた?」
「ううん、全然」
否定すると、何故かじっと見つめられる。なんだろう、嘘がバレたのかな。まぁ、あんな恰好で出迎えてしまったのだから、最初からバレバレかもしれない。
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