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「また来てね」
私の投げかけた言葉に、背中がぴたりと止まった。振り向いたかと思えば、妙に真剣な顔が私を見下ろす。
「……誕生日祝い、もう一個我がまま言っていい?」
「え?」
予想外の言葉に驚いた。私としては願ってもいないことだ。葵くんの喜んでくれることが何だか分からなかったのだから、本人から言ってもらえるのは助かる。料理だけではなんだか味気ない気がしていたので、もちろん、とばかりに頷いた。
「いいよ」
私を見て、その瞳が揺れる。
「キスして」
「へ……」
「花さんから」
頭が追い付かずに呆け、次の瞬間、顔がじわりと熱くなる。尚も見つめてくる葵くんが、近づいて私の手をとる。
「駄目?」
「だ……」
真っすぐに向けられる瞳を見ていられなくて、俯いた。
「……め、じゃ、ない」
ぎゅっと手を握られ、僅かに引っ張られる。
どうしよう。こういうふうに、自分から、というのはほぼ経験がないから緊張する。キスなんてもう何度かしたのだから、今更身構える必要などない。そう言い聞かせる一方で、心臓の音がどんどんと煩くなっていく。
葵くんが玄関に立っているので、いつもよりも身長差が縮んでいる。整った顔を正面から見ると余計に緊張してしまうから、なるべく目を合わせないように背伸びをして近づいた。
ふに、と柔らかい感触が唇に触れる。すぐに離れると、握られたままの手が再度引かれた。
「もっと」
「う……」
恥ずかしさを押し殺し、唇を押し付ける。少し乾いた弾力が一層に伝わり、ほんの少し吸い付いて離した。
これでいい? と目で訴えかければ、至近距離で瞳がぶつかる。私自身が映ってしまうのではないかと思うほどの距離でその奥を見つめていると、腰に手が回されてそのまま身体が引き寄せられた。
つま先立ちをしていたので、バランスを崩して身体にしがみつく。見下ろす葵くんの顔が、ほんの僅かに微笑んだ。
「花さん」
低く、小さく零す声が、私に求め掛ける。ちろりと赤い舌を覗かせて見せ、その意図が分かり、かぁっと顔が熱くなった。
「む、むり!」
「誕生日祝いなのに?」
「ずるいよ……!」
「してくれなきゃ、しちゃうよ」
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