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治療の手伝いをしながら図書室で借りた本を読む。余力があればリュイさんから預かった魔具に魔力を入れ、ララさんに預けるかテオさんの部屋に置いた。慌ただしい日々が続く中で、王都への招集は突然告げられた。
「トモヤ様、三日後の朝に王都へ発ちます。移動魔法を使う予定ではおりますが、場合によっては馬車の移動になるかもしれません。ご準備をお願いいたしますね」
「わかりました。レンツィオさんもお忙しいのに、ありがとうございます」
「とんでもございません。セルジール様よりご伝言です。緊張されるでしょうが、任命式とはいえ簡易なものだそうです。気を張らずに、むしろ息抜きのつもりで参加してほしいとのことです」
「そう言われても……でも、お気遣までありがとうございます。粗相だけはないように気を付けます」
少しの会話を交わして、お互いにすぐ仕事に戻った。レンツィオさんに比べたら、おれの仕事量なんてかわいいものだろう。それでもこちらを気遣って「引き留めてしまって申し訳ございません」と言ってくれるレンツィオさんはおれの憧れだ。
お屋敷から離れるのはいまだに少し不安がある。思っていた以上に治療班も肉体労働で、雑用くらいしかこなせないおれ一人でも戦力になるほど人手不足だ。裏を返せばおれ一人抜けたところで痛手にはならないのだが、現場の空気に触れた今となっては申し訳ない気持ちが大きい。
とはいえ、そんなことを気にする暇もなく日々は過ぎていった。レンツィオさんから話があった二日後の晩にララさんから再度伝えてもらったのだが、それがなかったらすっかり忘れていたかもしれない。
迎えに来てくれたヴェナートさんを待たせなくてよかったと思いながら、お屋敷の敷地内にある白い建物――ロクシャンの前に立っている。
討伐隊に同行したとき同様に、ローブと魔具を忘れないように、とだけ知らされていた。王都のどこでどんなふうに式を行うのか、といった詳細は全く知らない。恐らくその場にいればいいということなのだろうが、やはり不安だ。
「緊張するか? セルジールから聞いてるかもしれねえけど、本当に簡易的なもんだぞ」
「むしろそんな感じでいいんですか……」
「臨時っていうと言葉が悪いかもしれないが、正式な入団とは違うからな。一時的に急遽入団してもらうってことが増えてんだ。どこも人手不足なんだよ」
そう言いながら、ヴェナートさんはおれの肩に腕を回す。ぐっと引き寄せられて何だろうかと見上げると、照れくさそうに視線を逸らされた。
「俺は魔法が得意じゃねえって言っただろ。セルジールみたいに安定しないだろうから、これくらい近くにいてもらわねえと困るんだよ。我慢してくれ」
「連れて行ってもらう立場ですから……でもやっぱり少し怖いのでしがみついてていいですか?」
「正直なやつめ。けどまあ、そうしといてもらえるとこっちも助かる」
セルジールさんやテオさんが何でもないことのように移動していたが、人によっては難しい魔法らしい。おれもいつかは、と思っていたが、しばらくやめておこうと思った。
いくぞ、と声をかけられ、ぎゅっと目を閉じてヴェナートさんにしがみつく。少しして眩い光に包まれ、結果としておれは酔った。乗り物酔いをする方ではなかったのだが、なんとも表現しがたい揺れに耐えられなかったようだ。
「大丈夫か? 時間はちょっと余裕あるし、休むか」
「……っ、」
すみません、お願いします。そう言おうとしてやめた。今、何かを言葉にしようとしたらまずい気がする。そのかわりに首を縦に振り、しがみついたままロクシャンを出た。
さすがに移動魔法を使った本人はピンピンしている。気持ち悪いし頭はぐるぐるしているが、ヴェナートさんにしっかり支えてもらっているため歩けないことはない。意外といけるのでは、と思って足を進めようとして、あっさり制止された。
「おい、無理しようとすんなよ。思ってるよりふらついてる」
「で、も」
「時間は気にするなって言ったろ」
半ば強制的に木陰に座らされてしまった。まだ日が高くない時間帯、日陰にいるとかなり涼しい。いまだに肩に置かれたままの手にそっと抱き寄せられると、ヴェナートさんに上体を預ける形になってしまう。申し訳ないと思いながら、ここは甘えて早く回復した方がいいだろうと力を抜いた。
「そのまま、なんとなくでいいから、ぼーっと聞いててくれるか? 魔獣がまだここまで問題になっていなかった頃、騎士団ってのは厳しい入団試験に合格した者しか入れなかったんだ。今は討伐隊ごとに志願兵を雇ったり、トモヤみたいに臨時だが入団してもらったり、かなり人が増えてる。今日も団長や隊長と一応の顔合わせみたいなもんだから、本当に緊張する必要はねえよ」
低く落ち着いた声色が心地よく、目を閉じてヴェナートさんの言葉に耳を傾けた。じっとしていれば、幾分か気持ち悪さも頭のぐるぐるも落ち着いている。
「ただ、人が増えた分、騎士団の内部統制がかなり杜撰になってるのも事実だ。ほとんどの奴らが必死に戦ってるのも事実だが、中には自分より弱いと判断した相手に当たる奴もいる。平和を重んじる王国の騎士団だってのに情けない話だけどな。――だから、トモヤはもっと人に対して警戒心を持っていい。全員が全員、お前に対して本心を明かすわけじゃない。それを疑うのは良い悪いで括れないってこと、ちゃんと分かってほしくてな」
静かにゆっくりと紡がれる言葉に頷いた。心配症だと思ったが、騎士団の内部のことはおれなんかよりヴェナートさんの方が詳しいのは当たり前だ。もしかしたら、小さないざこざが増えているのかも知れない。
おれも無理に言葉を発することをしなかったが、ヴェナートさんもそれから何も言わずに沈黙が訪れた。そよそよと穏やかな風が髪をさらっていく。できるだけゆっくり深く呼吸をするよう心がけていると、かなり体調は良くなった。
「ヴェナートさん、すみません。ありがとうございます。もう大丈夫です」
「もういいのか? しんどくなったら、すぐに言うんだぞ」
手を貸してもらいながら、ゆっくり立ち上がる。少し胸やけのような違和感は残っているものの、着いてすぐに比べたら問題ない範囲だ。心配そうにこちらを覗き込むヴェナートさんに笑顔を返して歩き出す。
「ちょっと酔っただけですから。それより時間は本当に大丈夫なんですか?」
「ちょうどいいくらいじゃないか? このまま王城に向かえば間に合うな」
「王城……?」
「聞いてなかったか? 国王と王妃の前で、騎士団長が任命するっていう形式的なもんだよ。わざわざやる意味あるかって思うけどよ、まあ王族も暇なんだろ」
「聞いてないです。黙って立っておけばいいんですよね? おれ、そういう礼儀とか疎いんですけど」
「大丈夫だって。名前と配属先言われたら返事するくらいじゃねえか?」
それだって説明を受けていない。絶対に失礼のないようにしなくては。心配しすぎだと笑うヴェナートさんに連れられて、怯えながら王城に向かうのだった。
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