サジュ王国・魔獣討伐編

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お屋敷に無事に戻ることができ、テオさんにゆっくり教えてもらえるかと思えば、そうでもなかった。というのも、セルジールさんがおれを騎士団に入団させることを決定し、正式なものではないとはいえお屋敷内ではほとんど新入りの団員扱いだったからだ。 本来ならおれみたいな新入りにお屋敷の個室が貸し出されることはないのだろうが、任命式を終えるまではという好意に甘えている。今まではおれの監視も含めての、言ってしまえば軟禁もどきのための個室だったのだと思う。それでもおれにとっての居場所を与えてくれたことは嬉しかった。 ただ、そう落ち着いていられなくなったのは、やはり魔獣が原因だった。小規模な討伐は絶えず行われており、先日に同行した中規模の討伐も増えているという。 今まで以上に怪我人が運び込まれ、おれも治療にあたらせてもらっている。魔法を使っての治療がほとんどだが、怪我人が多すぎる場合には軽症者への手当てもあり、日中はもちろん夜中までバタバタと動き回ることもあった。 ヴェナートさんもテオさんも、もちろんセルジールさんも、魔獣のことでお屋敷を空けることの方が多くなっている。そのなかで顔を出してはいろいろと教えてもらっていて、今まで知らなかったことも見えてきた。 まず魔法について、知識が必要かと問われればそうではなく、テオさんいわく感覚を体に叩き込んだ方が早いとのこと。使えば使うほど熟練度が上がるという話も受けていたし、一朝一夕でうまく扱えるようになるものではないのだろう。そこは日々の治療でもっと磨いていくしかない。 次にサジュ王国について、ヴェナートさんいわくこの王国の国民は名字を名乗らない。国民に名字がないわけではないのだが、かつて家名や血筋にこだわりすぎて国が傾きかけた際に今の方向性になったそうだ。 実力主義とまではいかないが、家柄や身分を問わず誰もが活躍できる場を、という考え方は好感が持てる。そう思ったものの、教えてくれたヴェナートさんはそうでもないようだった。やはり中には家名や血筋にこだわる人もいるようで、思うほどうまく回っているとはいえないらしい。 そういった方針を打ち出している王族はむしろ血筋のことは全く気にしておらず、これからの国に必要な人材は積極的に取り込んでいっているという。 最後に、セルジールさんから申し訳なさそうに伝えられたのはおれの身の振り方だった。容姿については混血であることにするらしい。北方のネプトゥルガ帝国と東方のラートマ王国の両親を持ち、サジュと違い身分や血筋に厳格な両国にいられず逃げ込んだ難民であったが、生活苦に耐えられず両親に捨てられショックで記憶喪失というのが、おれの設定だった。 捨てられたショックで記憶喪失という部分は無理があるのでは、と思ったが、そういった理由でもなければあまりに魔法の扱いが稚拙であるし、サジュ王国どころかこの世界のことすらよく知らない。セルジールさんに任せておけば安心だろうと頷いた。 「トモヤさん、ちょっといいっすか?」 「あ、はい!」 黙々と包帯を作っているところに声がかけられた。リュイさんの姿も久しぶりに見たような気がする。彼も忙しくしているのか、ヤマセミのような髪型にも少し元気がないように見えた。 「すみません、テオドール隊長から伝言を頼まれたヴェナート隊長に伝言を頼まれたんっすけど」 「大変ですね」 「いつものことっす! 余裕があるときだけでいいらしいんで、この魔具にトモヤさんの魔力を入れてほしいらしいっす」 そう言って手渡された布袋は意外にもずっしりと重みがあった。カチャカチャと音を立てる無数のそれは、アメデオさんが手にしていた白い魔具のようだ。テオさんから魔力を溜め込むためのものがあると聞いた気がするが、これもそうだろう。 「魔力を入れた分は持っていていいんですか? 誰かに渡した方がいいでしょうか」 「できればテオドール隊長の部屋に置いてほしいらしいっすけど、俺やヴェナートさん捕まえて手渡しでも大丈夫っす。あとララさんにも伝えておくんで」 「わかりました。この件ってもしかして、やや急ぎですかね」 「言いたくないっすけど、多分そうっすね……」 「今いくつか渡していいですか?」 「もちろんっす!」 魔力を入れる、というとイメージしづらかったが、人に分け与えるような感覚でよかったらしい。三つほどをリュイさんに手渡した。それでもまだまだ魔具の数は残っている。 リュイさんを見送って、再び包帯作りに取り掛かった。テオさんが熱を出してから一週間くらいだろうか、おれを含めて連日のように治療にあたり消耗していた人員が出てきている。全員を休ませることはできないが、数人ずつ魔法を使わない日を設けており、おれは今日がその日だった。 包帯作りや在庫管理、薬品の仕入れや製薬を主に、人手が足りなくなれば軽症者の手当てに回るという魔力回復のための貴重な一日だ。しかし、こういう日でないと魔具に魔力を入れていく作業は捗りそうもない。作業の合間に息抜きがてら、もう数個ほど用意をしようと布袋を傍らに置いた。 久しぶりに落ち着いた時間を過ごし、夕方には休んでいいと言ってもらえ部屋に戻る。ガチャガチャと音を鳴らす布袋も一緒に持って帰ってきた。 慌ただしい日々が続くなかで、時間を見つけては図書室から本や資料を借りて読んでいる。魔法の入門書のような内容だったり、サジュ王国の歴史書のような内容だったり、教わったことの復習を中心に行っていた。 気付いたことと言えば、思ったより異世界人の記述があったことだった。おれが聞いた血なまぐさい内容までは書かれていなかったが、歴史書には異世界人のことが散見された。 それから、この世界にとって「魂」というものが非常に重要であるということ。この世界に生まれ落ちると同時に世界との契約が交わされ、その後、その魂は契約を交わした世界で存在し続けるのだそうだ。つまり、大多数が生まれ変わりを信じている。 このあたりは自分とも関係があると思い熱心に読みこんだものの、詳細についてはわからなかった。ある種の信仰として受け止めているが、特定の国や民族のみが信じているものではなく、世界共通認識らしい。この世界で多くの人を見たわけではないから、もちろん実際に全員が疑わず信じているのかはわからない。 もう一つ、魔獣についての記述もあった。こちらに関してはもっと詳細な記述はなかったが、サジュ王国では数百年前から魔獣が現れたらしい。 まだ小国が点在していた頃、それぞれが争いを繰り返して今のサジュ王国になった。各地で大きな国が形成されていき、そこから大国同士の戦争になるかと思いきや魔獣が発見され、各国が魔獣の対処に追われることとなる。 正直なところ国名や地名がよくわからず、もとより頭が良いというわけでもないおれはたいして理解できなかった。おれが得た知識はおれにとっては新鮮なものだが、この国の人たちにとっては当たり前のことなのだろう。少しずつでも学んでいくことが損になるとは思わなかった。 今晩も借りていた歴史書を読んで復習する。目新しい情報はなかったが、新しい情報があれば他の記述と照らし合わせて確認する作業も楽しかった。 明日も早いだろうと本を閉じてベッドに寝転んだ。ここのところ、おれが考えるのはサジュ王国のことと、テオさんのことだった。 様子がおかしかった時のことはテオさん本人が何も覚えていないと言っていたから、おれも特に気にせず過ごすつもりでいた。それでも、おれを見て勃起したり、好きだと言ったり、テオさんのそれは恋愛感情なんだろうかとぼんやり考える。 彼から受け取った魔力の甘さは確かに「好意」ではあったのだが、「好き」や「愛」にもさまざまな種類があるし、大きさも違うだろう。 おれは、今まで誰かに好かれたことも、誰かを好きになったこともなかった。率直にどうすればいいのかわからず、かといって第三者においそれと相談していい内容ではないとも思っている。何よりテオさん本人が覚えていないし、仮に覚えていたとしてもなかったことにしたいのは確かだろう。 数日かけておれが辿り着いたのは、テオさんの勃起は疲れマラ的なそれで、おれへの好意は別に好きじゃなかったのに懐いてきた犬がかわいい的な感情ではないかという推測だった。 これ以上のことは考えられなかったし、そうだとしたら素直じゃないテオさんが忘れている、もしくはなかったことにしたいのも頷ける。きっとそうだ。無理矢理そう納得させて、またサジュ王国のことに思考を巡らせた。
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