サジュ王国・魔獣討伐編

32/41
前へ
/57ページ
次へ
王城は王都の最奥、最も高い位置にある。厳密に言うと、最も高い位置にあるのは教会らしい。神様を信じているどころか存在を認めて干渉しているこの国では、王城より教会の方が重要な建物として認識されているそうだ。 もう体調は問題なかったのだが、心配症らしいヴェナートさんはおれの腕を掴んだまま離さなかった。終始おれの歩みに合わせてくれた優しさは嬉しかったのだが、そのまま王城に入ったおれはその場にいた他の人間に好奇の眼差しを向けられ恥ずかしい思いをすることとなる。 「……離してください。さすがに恥ずかしいです」 「そうか?」 「本当に大丈夫ですから。ありがとうございました」 「まあ無理はすんなよ」 奥行きのあるホールは天井も高く、白を基調にした内装はところどころに金の装飾が施されている。中央に真っ直ぐ敷かれた絨毯は葡萄酒のような落ち着いた上品な赤だ。その上に立っていることが落ち着かず、思わずホールの端に寄った。 柱の陰に隠れるように身を潜ませるおれを見て、ヴェナートさんが堪えきれないように笑う。 「ここで待機だからどこにいてもいいんだけどよ、そんな端っこにいるつもりか?」 「落ち着かないんです。こんな豪華できらびやかなところ」 「だからって、縮こまり過ぎだろ」 「そんなに笑わないでくださいよ! ただでさえ緊張してるのに……!」 小声で叫ぶように言うおれにまたヴェナートさんは笑った。面白そうにおれの頭に手を乗せて、髪をかき混ぜるようにぐしゃぐしゃと撫でる。 久しぶりの感覚に嬉しくなるが、すぐにむっとした表情をしてしまった。人の緊張を笑うなんて、とヴェナートさんを見ると、嬉しそうに微笑んでいる。乱れた髪を整える指はガサツな動きをしながらも触れ方はすごく優しい。 「自分でぐしゃぐしゃにしておいて、なんで嬉しそうに整えるんですか」 「いや、トモヤがそんな表情するんだなって思ってよ」 「こんな表情にもなります……ほんとに、不安なんですから」 「もうちょい前のトモヤだったら、『大丈夫です一人で何とかできます』みたいな顔して笑ってただろーが。ちょっとずつでも素のお前が見られて嬉しいんだよ」 「そんな理由でからかわないでください」 豪快に笑いながら、整えたおれの頭をぽんぽんと数回軽く叩いた。満足したらしいヴェナートさんは、任命式のおおまかな流れを教えてくれた。 「任命式に参列する者はこちらに集まってくれ」 ホールに響く声にぞろぞろと人が動き出す。場所を空ける者、そこに向かう者とさまざまだ。手を挙げて声をかけ続ける兵士の元に向かうと、ヴェナートさんは別の方向に歩き出してしまった。 「俺はここまでだ。教えてやった通りだから、すぐ終わる。指示に従っとけばいいから、気楽にな」 「わ、わかりました。ありがとうございます」 ヴェナートさん曰く、さほど長い時間は取らないそうだ。人数によるとも言っていたが、さほど多くはない。おれを含めて十五名ほどだろうか。所属する部隊ごとに整列させられ、第七部隊に所属する予定のおれは列の最後尾となった。 これから五階にある玉座の間に通される。基本的には国王陛下の前で執り行われるものらしく、騎士団長であるセルジールさんや、部隊長も招集される。ただ、部隊長は戦況により免除されるらしく、その場合は後日に顔合わせをするそうだ。 正式な入団ではないおれたちが王族の前に出ていいのかと思ったが、想像以上に玉座の間は広く当たり前だが警備もある。王族に手を出そうとすること自体が無謀な行いなのだそうだ。 別の理由として、王族側もこういった場に顔を出して命を落とすような無能は必要ないと考えているらしい。おれはこちらに驚いて絶句した。無様に死ぬような人間は王族に必要なく、むしろ排除してくれてありがとう、くらいの認識だとヴェナートさんは言う。 余計に国王陛下の前に行くのが怖いと思った。個々が目立つような動きは式の予定にないが、セルジールさんから配属先と名前を告げられたら返事をする時だけはどうしたって自分だけの声が響くだろう。裏返ったらどうしよう、なんて考えている間に玉座の間についたようだ。 重々しい立派な両開きのドアが開かれ、先頭を歩く兵士に続いておれたちが入っていく。思った以上に広い。あんなに恐れていた国王陛下はどんな顔なのか分からないほど遠かった。 第一部隊が最も左手になるよう整列し、はたと気付いた。第七部隊はおれだけのようで、なんだかポツンとしていて寂しい。隣に並ぶのは第六部隊だろうかと視線をずらして、七列ないことにも気付いた。十五名の配属先が偏っているのだろう。 「――これより、任命式を執り行う」 勝手に不安に押しつぶされそうになっていると、覚えのある声が式の開始を告げた。おれとは反対方向、左前方あたりにセルジールさんが立っている。その背後にはヴェナートさんの姿もあり、数名見知らぬ顔もあった。 「君たちには、我が国の平和のために戦い、我が国の平和のために尽くすべく、騎士団への入団を認めよう。騎士団長として、次の通りに任ずる。第一部隊所属――」 セルジールさんの声は、いつもより少し硬い。それでも優しい響きを持っていて聞き入っていると、思ったよりすぐに所属と名前が告げられていく。それぞれが返事をして、片膝をつき頭を垂れる。これもヴェナートさんに教わったが、きっとおれがやっても格好がつかないだろう。 「第七部隊所属、トモヤ」 「はい」 格好がつかないだろうが、やらないわけにはいかない。できるだけ落ち着いて返事をして、ほかの皆に倣った。勢いをつけすぎて膝が痛い。 「以上、十五名が本日より騎士団の一員となった。これにて閉式とする」 こんなに短いのか、と思わず零しそうになる。ちらりと視線だけを上げると、セルジールさんは恭しく国王陛下に向けて一礼している。誰も動かない空間で、遠くから静かに人の移動する気配があった。恐らく国王陛下が退室されたのだろう。 「君たち、顔を上げて、立っていいよ。お疲れさま。これからは各部隊長、またはそれに代わる者の指示に従って動くように。改めて、私は騎士団長を務めるセルジールだ。これからよろしく頼む」 セルジールさんの言葉に全員が顔を上げ立ち上がる。先ほどよりずっと柔らかい声色に、おれはほっと息を吐いた。場の空気が和らぎ、それぞれ所属部隊に分かれた列の前には部隊長や代理の兵士が立ち説明をしている。ヴェナートさんも珍しく真面目な顔で指示を出している。 おれはどうしたらいいのだろうと戸惑っていると、セルジールさんがこちらに駆け寄ってきた。 「お疲れさま、トモヤ。第七部隊の隊長なんだけど、仕事で別の棟にいてね。途中までは案内させるから、そちらに向かってほしい」 「お疲れさまです。わかりました。けど、大丈夫でしょうか……おれ、その、方向音痴なので」 「ああ、そうだったね。でも大丈夫、ずっと長い廊下を歩くだけだから迷わないよ。その廊下までは、引き続き彼に案内を頼もう」 くすくすと思い出し笑いをしながら、彼、といって視線を送った先には、ここまでおれたちを誘導してくれた兵士だった。兵士はセルジールさんの視線に気付いて、少し遠慮がちにこちらに向かってくる。 「第七部隊長がいる医療棟に彼を案内してほしい。あの長い廊下までで構わないから」 「は。かしこまりました。お任せください」 「トモヤ、終わったら同じ廊下を抜けて戻っておいで。またヴェナートに帰りは任せようと思う」 「わかりました。ありがとうございます」 「本当は私が案内したいし、落ち着いて話したいんだけど、ごめんね。第七部隊長は穏やかな人だから、安心して挨拶しておいで」 頷くおれを見て笑顔を深めたセルジールさんは、再び兵士に「よろしく」とだけ声をかけて離れた。待機している兵士に指示を出したり、隊長に声をかけたりと忙しそうにしている。 「行くぞ。三階に医療棟に続く廊下がある」 「はい! よろしくお願いします」 先を歩く兵士に続いて玉座の間を後にした。大きな階段で三階まで下りてすぐ、兵士が足を止めた先には確かに長い廊下があった。ここを真っ直ぐ進むように促され、少し戸惑う。廊下を真っ直ぐ、と言っても一本道というだけで、少しカーブしている廊下の先は見えない。 「君、ヴェナート隊長と普通に接していただろう。先ほどの式でも落ち着いて堂々とした振る舞いだった。何も心配することはない。廊下を真っ直ぐ進めば、突き当りに大きな部屋が出てくるはずだ。そこをたずねるといい」 「わ、わかりました。すみません、気を遣わせてしまって……ここまで案内していただいてありがとうございます」 おれの戸惑いをどう受け取ったのか、兵士は少し身をかがめると優しく励ましてくれた。背中をぽん、と叩かれる。きっと忙しいのに気遣ってくれた兵士にお礼を告げて、迷いませんようにと祈りながら廊下を進んだ。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

249人が本棚に入れています
本棚に追加