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2話 帰りのバスで
その日はいつもより帰りが遅くなってしまった。
遅くなってしまった理由は、今となっては思い出せない。補習でもあったのか、友人と談笑でもしていたのか、はたまた部活動だったのか。とにかく何かしらの用事があって、私はいつもより下校が遅くなってしまったのだ。
季節は確か秋で、辺りはすでに真っ暗となっていた。
私はバスに揺られながら特に何を考えるでもなく、ぼんやりと車内を眺めていた。乗客は私しかおらず、とても静かだ。視線の先では吊革がゆらゆらと揺れている。
それがなんとも眠気を誘うので、欠伸を噛み殺し窓に顔を向けた。外は真っ暗なので照明の反射で何も見えない。ガラスに映っているのは、見慣れた自分の顔だけである。
再び欠伸が襲ってきた時、バスがガタンと揺れた。その拍子に体も前に傾いて、窓に映る私の奥に女がいるのが見えた。
窓ガラスに映っているのは女の横顔だ。大きさから通路を挟んだ向かいの座席、その窓側にいるようだった。しかし、すぐに私の頭に隠れてしまったので、若い女だということ以外は分からない。
いつからいたんだろう。全く気が付かなかった。そんなに、ぼんやりしていたのかな。
深く気に留めずにつらつらと考えていると、またバスが揺れる。すると、またあの女の横顔がちらりと覗いた。
ーーあれ?
私の顔の奥から見える女が、さっきより近付いている気がする。窓側に座っていたのが、その隣に移動したように見えたのだ。しかし、女が立ち上がった気配はしなかった。横にずれたのだろうか。
何となく気になって、ちょっと頭を動かしてみた私はギョッとする。通路の向こうの座席にいたはずの女が、隣に来ていたからだ。今度は気のせいではないとハッキリ分かる。
動揺したせいで、女はまた頭の影に隠れてしまった。
私は動くことができない。視線は窓ガラスに釘付けになっていた。心臓が嫌な音を立てている。ぎゅっと胸元を握りしめ思い切って振り返った先には、誰の姿もない座席だけがあった。
何だ。やっぱり見間違いだったんじゃないか。
ほっとして向かいの窓ガラスに目を移すと、女が映っていた。女は私の隣に座っていて、前方を見据えたまま微動だにしない。
私は何度も自分の隣と窓ガラスを見比べる。隣には女などいない。なのに、窓ガラスには女の横顔があった。
混乱していると、女の顔がゆっくりと動く。窓ガラスに女の正面が映った。実体のない女と目が合う。にやっと女が笑った瞬間、堪らず悲鳴をあげてうずくまった。
頭を抱えていると、バスが止まり運転手が慌てて駆け寄ってきた。
どうした、という声に恐る恐る顔を上げる。
隣の座席にも、窓ガラスにも、女の姿はなかった。
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