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7話 写真
受験も迫った冬の真夜中、俺は机にかじりついていた。過去問の最後の問題を解き終わり、時計を確認すると一時を指している。随分、集中していたみたいだ。
今日はここまでにしようと背伸びをする。ふと空腹を感じて、俺は夜食を作ることにした。
家族はみんな寝ている。母さんに見つかったら小言をもらうことは分かっているので、起こさないように足音を忍ばせて台所へ向かった。
ごそごそと漁ってカップ麺を発見する。もう深夜だが気にしない。遅くまで頑張った自分への、ささやかなご褒美である。ポットは空だったので、いそいそとお湯を沸かしてカップへ注いだ。
キッチリ三分待って蓋を開ける。途端にふわっと湯気が溢れて、顔に当たった。
夜に食べるカップ麺は、背徳感からか普段よりも美味しく感じられる。あっという間に平らげた俺は、満足して腹を撫でた。
イスの背もたれに背を預ける。すると、正面のガラス戸が目に入った。
台所の隣は和室だ。居間として使っているこの部屋は、いつもは家族が炬燵でガヤガヤと寛いでいる。けれど、今は真っ暗な闇があるだけだ。
両親の寝室は廊下の先にあり、古い家なので歩けば床がギシギシと鳴る。俺が夜食を食っている間、廊下は全く音を立てなかった。だから、誰もこちらに来ていないはずだ。
そのはずなのだが、じゃあ今、戸の隙間から覗いているのは誰なのだ。
壁とガラス戸の間にある真っ黒い闇。細長いそこに、じっとこちらを見つめる目が浮かび上がっている。
金縛りになったみたいに体が硬直したが、すぐに勘違いに気付いて力を抜いた。
そうだ。
戸の前にはタンスがあって、この側面にはカレンダーが掛けてある。大振りのカレンダーにはでかでかと写真が載っていて、メインのはずの日付は下方に追いやられていた。
あれはカレンダーの写真だ。
確か、今月は何とかって俳優のバストアップだった。それが覗いているように見えているのだ。
「なあんだ」
自分の小心者具合に思わず笑う。真夜中だからって、ただの写真を怖がってしまうとは。
とはいえ、まだそぞろな気分が残っている。ヨッコラショとあえて声に出して立ち上がった。さっさと部屋に戻って寝てしまおう。寝れば朝には忘れてしまうさ。
空のカップをゴミ箱に捨てガラス戸へ向かう。やっぱりあの目を真っ直ぐ見る勇気は湧かなかったので、視線は下げたままだ。
戸の手前で恐る恐る顔を上げてみると、闇の中の写真と目が合った。怯みかけるが、腹をくくって戸に手をかける。勢いに乗せ戸を引いた。
その一瞬前。上下に伸びる黒い間隙に浮かぶ、やけに白い目玉。まつ毛までハッキリ見て取れる程の距離にあるそれが、ゆっくりとまばたきをした。
え、と戸惑った時には戸を開けていた。目の前の和室には、誰の姿もなかった。
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