第1章 僕の場合

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 バスは、また次のバス停を過ぎている。  今度は、また少し短めのドビュッシー『小舟にて』。  外で水が跳ねているのを見ていて、何となく次はこれだと思っていたものだ。  かけ始めて少ししたら、また彼女は左右に揺れ始めた。  長い髪も、ひらりとした薄い羽織物も、一緒になって楽しそうに揺れている。  本当に、音楽が好きなんだなあ。  ただ才能があるから、才能があってお金もあるから、と天上に入れられる人も少なからずいるらしいが、彼女に限っては、本当に好きだからやっているんだ。  聴くのも、弾くのも、楽しめるから、天上にいるんだ。  何だか、羨ましいな。  僕は確かに、クラシックが大好きだ。  けれど、上を上をと意識するような気概は、正直言ってない。  自分の満足いく到達点まで辿り着ければ良くて、そこに他人の演奏との比較はない。  僕の気が済むように出来れば良いだけなのだ。  ちょっとくらい——彼女ともっと言葉を交わせば、何か少しくらい変わるかな。  新しい刺激とか、あるのかな。  そんなことを思っている内に、バスは次のバス停へ。
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