第2章 私の場合

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 少し暖かい春になる頃、気が付けば私は、彼を目で追うようになっていた。  数日刻みの不良然とした登校習慣も治り、毎日通うように。  親も先生も喜んでいたが、それはひとえに、帰りのバスで彼を眺めたいが故だった。  と言うのも、いつもいつも同じ席に座ってイヤホンを着けているのだけれど、いつ会っても変わらない、ともすれば強くなっているのではないかと思える程の『興奮』の色を纏っていることが、不思議で仕方がなかったのだ。  観察していれば、何か分かるかもしれない。そんなことを思っている訳でもなかったが、いつの間にか、それが一つの習慣のようになってしまっていた。  が、今日は少し違った。  運転手が変わったのか、信号機で足止めを食ったバスは、とても静かになった。  ブレーキとか何かの切り替えとか、よくは分からないけれども、それはとても好都合なことだった。  彼が着けているイヤホンは、それほど高性能ではないらしく、微かな音漏れが私の耳に届いたのだ。 (これ……)  ふと耳を打った音に、私は高揚した。  漏れていたのは、ドビュッシー作曲、版画より『雨の庭』の主旋律だったのだ。 (クラシック、好きなのかな)  どうかは、分からない。  尋ねてみればおのずと答えは得られようが——  いつも色が変わらないのは、どうしてなのだろう。
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