第2章 私の場合

22/23
前へ
/38ページ
次へ
 今の私に足りないもの。  それは、自分の演奏を「これが私の音だ」と言える勇気だ。  あの一件で初めて、たまたま色が視えるようになってしまったから、私は怯えて閉じこもった。  しかし、考えてみれば、本当ならそれ以前から、認める色も、認めない色も、どちらも混在していた筈なのだ。  視えなくとも確かに存在するそれらに対し、自分を出して、出して、出し尽くして、初めてそれらに認めて貰えるのだ。  それが普通で、当たり前なのだ。  今までずっと、そうしてきたじゃないか。  ただ好きで、人前に出るのが恥ずかしくて苦手なのに発表会やコンクールに出場して、ただ自分勝手に、がむしゃらに頑張って来た結果が、天上への特待入学だったじゃないか。  どうして忘れていたのだろう。  いつから見失っていたのだろう。  クラシックに対して抱く、純粋な楽しさ。  忘れていたそれを思い出させてくれたのは、彼だ。  初めて出会う音に興奮して、興奮したそれらに幸せを覚えていた、音楽を無邪気に楽しむことを知っている彼だ。 (あの子に会えば、きっと——)  保障はない。  けれど、その僅かに足りない距離を埋めてくれる可能性が、少しでもあるのなら。  当たって、もし砕けたとしても、そこに悔いはないはずだ。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加