第1章 僕の場合

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 また、クラシックの海にでも溺れようか。  そう思って、片耳のままではあるが、別の曲をかけ始めた。  すると、スマホを操作する僕の手を目聡く見つけた彼女が、片方空いている僕のイヤホンを横から取り上げて、自身の耳へと装着した。  表情を窺ってみると、早くかけて早くかけて、と言葉よりも饒舌に語り掛けていた。  仕方がないと小さく溜息を吐いて、僕は画面をスクロールした先に見つけたある曲を選択し、再生し始めた。  セヴラック作曲”古いオルゴールが聞こえる時”。  すると彼女は、最初のワンフレーズでそれが何であるかを言い当て、得意げな表情を浮かべてみせた。  目を閉じ、片耳に集中して、けれど楽しそうに口元を緩ませて。 「いい曲だよね。さらりと流れるメロディーライン、こんな日には逆にピッタリだよ」   どうやら、お気に召して貰えたらしい。  暗く淀んだこんな日には、せめて耳くらい明るくあるべきだ――なんて勝手に思ってかけた曲は、存外と外れではなかったみたいだ。  しかし。この曲、割とマイナーなところだと思っていたのだが。  流石は天上の学生だ。  不思議と心地いい不協和音のワンフレーズを経て、ひと際高音の、明るく楽しいフレーズへと差し掛かった。  それに合わせるように、呼応するように、彼女は小さく左右へ揺れ始めた。  無邪気に、それでいてたおやかに、音をその身に馴染ませる。 「楽しそうですね」  耐え切れず、つい尋ねてしまった。  これだけ楽しんで聴いているところに、無粋であると分かってはいるけれど。  すると彼女は、目を閉じ、ゆっくりと揺れたままで、僕の質問に答えた。 「それはもう。私の専攻、ピアノだからね」 「そうなんですか」  道理で。  詳しく、楽しそうなわけだ。
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