第1章 僕の場合

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 清潔感のあるこの風貌なら、バイオリンやフルートでも似合いそうである。  と、そんなことを思っている内に、二分足らずの曲は終わりを迎えた。  そして気が付けば、いつの間にかバスは、一つ先のバス停へと辿りついていた。 「一駅一曲、か。急に進み始めちゃったね。勿体ない」 「ご自分のスマホには、音楽入ってないんですか?」 「プレイヤーの方に入れてるんだけど、今日に限って忘れちゃって。おまけに、スマホに制限かかっちゃってるのよ」 「それは災難。なら、言ってもあと四曲程でしょうから、今日はこのままで」 「ありがと。次、何でもいいからかけて」  分かりました。  そう応じてかけるのは、リスト作曲“エステ荘の噴水”。  超絶技巧の導入部分で、またも彼女はそれを言い当てた。  先のオルゴールには少し驚いたが、もう流石に驚きはしない。  当たり前なのだ。  そりゃあ、これだけの若さなら知らない曲は多くあるだろうが、引き出しは確実に僕より多い筈。  どちらかと言えば、「あ、知ってるんだ」と思う方が失礼だろうな。  そうしてしばらく聴き惚れていると、今度は、膝に置いたバッグの上に指を乗せ、指を滑らせ始めた。  流麗に、繊細に、独立して生きているように速く動く指先。  流石にバスの車内とあって大人しくはあるが、そこに鍵盤があるように、音を鳴らしているように、本格的な指の動きを見せる。
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