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そこでもやはり、彼女は目を閉じ微笑んでいる。
すぐ隣にいて、イヤホンを共有している筈の僕でさえ置き去りにして、ただ一人だけの世界へと深く、深く沈んでいく。
しかし、中盤に差し掛かって顔を出す高音は、外で降り続く雨粒のように、一つ一つはっきりと耳に響いた。
彼女の奏でる世界が、しかしちゃんとここにあるのだと教えてくれているようだ。
そうして、激しくも優しい和音に包まれて、最後の音を奏で終わった。
「うーん。今のだと、何回かミスタッチしてるかも」
「これだけ揺れて鍵盤もないのに、分かってしまうものなんですね」
「何となく、感覚だけどね。指のもつれとか、強弱に対するアプローチが、まだまだ甘いんだよ、私」
「そんな。まるで、鍵盤が視えているようでしたよ。少なくとも、僕には真似できない。って、プロでも音大生でも、何でもないんですけど」
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