第1章 僕の場合

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 そこでもやはり、彼女は目を閉じ微笑んでいる。  すぐ隣にいて、イヤホンを共有している筈の僕でさえ置き去りにして、ただ一人だけの世界へと深く、深く沈んでいく。  しかし、中盤に差し掛かって顔を出す高音は、外で降り続く雨粒のように、一つ一つはっきりと耳に響いた。  彼女の奏でる世界が、しかしちゃんとここにあるのだと教えてくれているようだ。  そうして、激しくも優しい和音に包まれて、最後の音を奏で終わった。 「うーん。今のだと、何回かミスタッチしてるかも」 「これだけ揺れて鍵盤もないのに、分かってしまうものなんですね」 「何となく、感覚だけどね。指のもつれとか、強弱に対するアプローチが、まだまだ甘いんだよ、私」 「そんな。まるで、鍵盤が視えているようでしたよ。少なくとも、僕には真似できない。って、プロでも音大生でも、何でもないんですけど」
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