第1章 僕の場合

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 それなのに—— 「聴きたいな。君の『音』」  彼女がそんなことを言ったものだから、僕はつい、動画のページをタップしてしまっていた。  君の演奏、と置かなかったことで、彼女は僕の演奏ではなく、僕の鳴らす音自体に興味があるのだろうと思えた。  勝手な解釈だと笑いたければ笑え。ただ、彼女のその言葉が、僕には 「間違いなんて気にしないから、どんな音を鳴らすのか聞かせて欲しい」と言われているようで、自然と少し、心が落ち着いたのだ。 「半年前の、発表会です……動画ですけど、せめて姿は——」 「見せてくれない?」 「——ひ、一人でどうぞ…! スマホ貸しますから。僕は見ません」  そう言って、半ば投げるようにして寄越した。 「分かった。ありがと」  自然と出て来た彼女の言葉に、僕は少しどきりとしてしまった。  ありがとう、か。  断られることを承知で言っていたのかな。  だとすると——何だろう。  あまり、悪い気はしないかな。
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