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第1章 僕の場合
「ねぇ。それ、何を聴いてるの?」
不意に肩をつつかれ、控えめな横目で振り返った右隣。僕と変わらない年齢か一つ二つばかり上か、そのくらいの、眼鏡をかけた黒髪の女性。
いつもこのバスに乗って、僕の後ろの席によく座っている。
今日も私服ということは、やっぱり大学生なのかな。
肩に感触のあった一度目。ただ触れてしまっただけなのだと思っていたが、二度目、規則的な”とんとんとん”という軽快なリズムで以って、それが故意に向けられたものなのだと理解した。
右耳のイヤホンを外して聞き返すと、彼女は僕を指さして言った。
「とっても綺麗な音。何を聴いてるの?」
「え? っと――クラシック。フォーレの”無言歌”」
「オーパス17-3?」
「お、音、漏れてました…!?」
「ちょびっとだけね。まぁでも、大丈夫だよ」
音漏れに耳を傾けて、何を聴いているのか尋ねてきたのか。
この人でなければ苦情ものだったな。
「そ、そうですか……それはお恥ずかしい」
「いいのいいの。左側には誰も座ってないわけだからさ」
バスの二人掛け、それも窓側の席に僕が座っていれば、それは自然、誰も居ないだろうけど――そういう問題なのだろうか。
真面目そうな見た目の割りに、さっぱりとしているなぁ。
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