0人が本棚に入れています
本棚に追加
…そして土曜の朝8時、河原の公園のグラウンドに俺は足を運んでいた。
俺の心は興奮に沸き立っていた。
そうっ、今こそ会えるのだっ、
『口から水があふれ出して、ぴちゃぴちゃと音を立てている取っ手と注ぎ口をもつ人間』に!
もちろん会う用意も抜かりないっ!
右手に猫! 左手に注射器!!
…まあ、煮干し三本でスカウトした近所のノラ猫なので、その忠誠心が少々不安ではあるのだがな。
いいや、弱気はよそうっ!
糅てて加えてえっ、背中のバッグには、「翼を与える」飲料っ。
念の為に「怪物エネルギー」なども用意したっ、ふふ、この周到さを褒めよ!
そうして、止めはっ!
頭上に輝く避雷針付きのヘルメットぉっ!!
地上に垂れる導線がオシャレだろう?!
これでっ、天罰の雷もなんのそのだあっ。
―
公園に颯爽と登場した俺!
だが彼女をはじめとする面々の愕然とした表情に、俺は悟る!
これはぁ、やっちまった雰囲気の匂いだあっ!!
バットにボール、そしてぇっ、唖然として直立不動のその手から、落ちるグローブぅっ!
もちろん、俺の知性は直ぐにその意味を察知しているさ…
これはっ!
『VASEVALL』ではなくぅっ、『BASEBALL』ではないかあああっ!
18秒ほどの沈黙の後、彼女がどたどたと…
ううっ、本当は『つかつかと駆け寄る』と言いたいところだが、俺の本能がその表現を拒否しているのを察してくれぃっ!
「ねえ、君っ、あたしがぁ、どんだけ恥かいたかわかってるぅー、うぅん?!」
彼女、そんなに耳たぶを強烈に引っ張るのは止めてくれないか。
「耳なし芳一」になってしまいそうな気分だぞっ。
いやしかしっ、彼女よ、ここは一言言わせてくれ!
単なる「野球」を無理矢理「ベースボール」などと言い、更に英語のスペルのBとVを間違えるなど、これは間違いなく
彼女に92%以上、責任があると―!
おい、猫よ、君も何か一言言ってやってくれ―
…お、おおっ、何と!
すでに彼女の横に寝そべり、「オラ知らね」ポーズをとっているうっ!
さすが、ノラ猫の処世術っ!
見習いたくなる気持ちは、押さえられないっ!
「何よ、なんか文句あるの、このノンオイル油虫! 低血圧キリン!!」
は、はははっ、何故だろう、彼女の訳のわからない罵倒を、俺は内心27%ほど悦んでしまっているのだあっ!
うむむっ、しかし彼女の怒りは、一向に収まりそうにないっ。
ふ、こうなれば仕方がない。
俺は寛大な男っ、彼女の怒りは素直に受け止めようっ!
「彼女っ、君のどのような怒りも、打撃も、全て甘んじて受けようではないか!!」
ふふ、我ながら美しい…
この男の美学をほめたたえてくれいっ…
しかし俺は失念していたっ、そう、彼女に「男のプライド」的な攻撃は一切通用しないって事をな!
「ふーん、どんな打撃でも?! なら…」
彼女は、俺の背のバッグにサッと手を突っ込む。
「経済的打撃をくらいなさいよっ!」
俺の財布を掴んで、高々と差し上げ、叫ぶ!
「みんなあっ、今日はコイツのおごりよぉっ!!」
彼女ッ! その行動はあまりにも予想外!
あまりにも斜め上、異次元からの攻撃いっ!
そう、俺の魂も翼を与えられたようにっ、一瞬にしてフェンスの彼方に飛んで行ったのだっ。
最初のコメントを投稿しよう!