第一話

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第一話

僕の世界は、消えた。 崩壊したとも崩れ落ちたとも言えない、ただ消えた。 消えてしまった・・・ もう、どうやっても、戻すことなんてできなくて。 僕はこの先、どうなっていくんだろう。 目に入るものは、機械ばかり。カーテンに囲まれ、僕の体は動かない。 それより、これ、僕なんだろうか? 僕は、なんでここに寝てるんだろう。 何も思い出せないでいた。 目が覚めたみたいですね。 「三浦鋼太くん?」 はいというけど声が出ない。 「あ・・・い・・・」 無理に話さなくてもいいわ、という女性。 「弟さんは鉄郎君で間違いない?」 うんとうなずいた。 「ありがとう、寝てもいいわよ」 目が重くて、女の人は機械をいじって、点滴を見てる。 「あ・・の・・?」 なに? 「とう・・さん・・」 「今は、まだね、ゆっくり寝てね」 今はまだ、なんだろう、眠い… どうぞと、目が覚めたとき女性が男性二人を連れて来た。警察だという。 事故を覚えている? 事故? あの時何があったのか、覚えていることはあるかな? あの時? 「家族でどこかへ行ってきたのかな?」 「ゆっくりでいいから教えてくれるかな?」 制服警察官と、背広の男性、確かこの人。 「あ・・・の・・・?助けて・・・くれたのは・・・」 彼は悪かったなという、つぶれた車から引きずり出すのが精いっぱいだったといった。 俺の足は、つぶれた車とそこから引っ張り出されたせいで複雑骨折。ベッドについた機械のようなものでつるされているとその人は言った。 ゆっくりでいいから思い出してほしいと言われた。 その日、俺たちは俺の高校の制服を頼みに行き、帰りに食事をしようと父親の仕事を待って、母の運転する車で出かけた。 渋滞した道、でも俺たちは新しい学校の話と弟の進級する六年生の話で盛り上がっていた。 時間は六時半、外は真っ暗だったけど、車の中は明るかった。 交差点に差し掛かり、前の車が出たからそのあとを出た。 車のスピードが加速する、グーッと体が押され、今まで前のめりで助手席と運転席の間に顔を出すように話していた弟の体が後ろにドンと投げ出され、俺は何やってんだよといいながら笑っていた、笑っていたような・・・ 「信号の色は覚えているかい?」 青、青で、前の車が出たから出ました。体が動いた、ぐっとアクセルを踏んだから、体が後ろに… 「何台目にいたかわかるかい?」 二台目・・・前の車は白の軽自動車だったから。 「おい、すぐに報告して」 「はい」 警官が出て行った。 「そのあとは覚えてるかい?ゆっくりでいい」 確かに渋滞していて、すごいクラクションが鳴っていたような気がする、でも車の中は、笑い声で…! 「君はどこに座っていた?」 助手席の後ろ。 「あ、あっ!」 俺は頭にものすごい痛みを感じて、頭を押さえた。 「思い出したんだね、落ち着いて、ゆっくりでいいから」 車が、横から車が突っ込んできて・・・ あっという間だった、前にいた、父さんと母さんが一瞬で 消えた・・・ 「お父さんが先だね」 うなずくと、目から熱いものが流れはじめた。 そうかとそのメガネの人は布で顔を拭いてくれた。 実はねと話し始めた。 前の座席は横から来た車との衝撃で横に吹っ飛ばされた、車は真っ二つになったという。俺はその時に足を引っかけたのか、左側がひざから下の骨が折れ飛び出しているんだそうだ、それと腰もやっていて、夏までは動けないかもしれないと言われた。 「あの、鉄郎は?弟は?」 「いるよ、安心して」 弟君はかろうじて椅子ごと外に投げ出されて、打撲だけですんだんだといいながらその人は席を立つとカーテンを開けた。 いっぱい体についた機械、でも弟はいた、手の届くところに弟がいた。 「兄ちゃん…」 「鉄郎」 包帯で巻かれた手が伸びてきて、俺はやっと肉親の体に触ることができた。 俺が警察の人と話を終えたころ、父さんの弟夫婦が来た。 「鋼太!鉄郎!」 事故から四日目の昼の事だった。 僕の世界は変わってしまった。 誰も来ないしんとした病室、横を見るとパイプ椅子に座って泣きはらした顔でじっと膝に手を置いて、今にも泣きそうな顔を我慢している弟の顔が見える。 鉄郎は退院すると毎日来た。あの家に帰りたいと、じっと俺の横にいた、顔色はどんどん悪くなっていくようで。 「ちゃんと食べてるか、眠れないなら一緒に寝るか?」 するともぞもぞと俺のベッドに上がってきて、隣に横になった。 俺のパジャマをしっかり握りしめ抱き着いて、眠った。 この先の事なんて考えることができなくて、なんで一緒に死ななかったんだろうという鉄郎の泣きながら言う言葉だけがつらくて、俺も泣いていた。 叔父は最初の頃は毎晩来てくれた。 わがままかもしれないが鉄郎が帰りたくないといい始めると、叔父は鉄郎に俺の周りをしてくれるかと頼み、くることがなく夏た。 鉄郎は俺の側から離れることができなくなってしまった。 それでもあの家には帰りたくないと、二、三度叔父の家に行ったきり、こいつはここで生活し始めた。 ショックで、どうにかなりそうだった最初のころに比べ、ずっと顔色もいいし、俺の食事を半分食べては喜んでいるこいつを見ていられるだけで俺は十分だった。
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