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顕微鏡を覗くのが好きだった。身の回りのあらゆるものを映し出すと、壮大な世界が眼前にひろがる、その瞬間が大好きだった。望遠鏡を覗くのも、そんな理由で好きだった。でもこの場合、その世界が到底私の手に届かない場所にあるということに酷くさみしさを感じていた。今夜は空一面に、濡れた絨毯が敷かれている。とても心地よかった。まるで私の心をあの空に映し出してくれているように思えたから、いつもよりも空が近くに感じられた。そっと望遠鏡の先を上に向けて覗いてみる。まるで光のない川が時折風にさらされて波をたてている。よくよく目を凝らしてみるとそこにはなにか1点、白いものがあった。星ではない、白いもの。レンズに付いたゴミではない、白いもの。もはや生きた心地も捨てて私は必死にそれを探っていた。その小さな小さななにかを見失ってしまわないように、慎重に手を動かし、ピントを合わせていく。その点をはっきりと大きく映し出せたとき、私は思わず息をのんだ。混乱するのを嘲笑うが如くその白い点はボートの形となって夜空を、雲の上を流れていた。人は乗っていない。ただ、黒い川の立てる波の角度に行ったり来たりしながらちゃぷちゃぷと揺れていた。まじまじと見つめていると視界に大きななにかが割りこんできた。同じく白いボートから、真珠のように輝く犬とうさぎが出てきた。犬はその胸に警察がするようなバッジを黄金色に輝かせていた。互いに話せないらしく、うさぎがそこにあったボートを指差すと、犬に向かってそれが自分の探していたものだと自らを指差し、両手で丸をつくり、自分がそこに行こうとしていたと腕を振る。犬はこくりと頷き、うさぎをそのボートに乗せた後に自分も先程のボートに乗り、着いてくるように振り向くとやわらかな葉のようなしぶきを立てて去っていった。その余韻に浸りつつ、きっと2人はこれから月に行くのだろうと思う。そしたら、あのうさぎは向こうで「どこに行ってたんだ」と仲間から怒られるのだろうか、犬に迷惑をかけたことを謝れと言われるのだろうか、そう思ったら、全く手の届かない世界ではあるけれど、どこかで心が通じ合うような世界だなと思わず微笑んだ。
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