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最終章
山下明美が眠りから目を覚ますと、そこは自分の部屋ではなかった。ゆっくりと周りを見渡すと、どうやら病院の病室のようだ。
そうか、品川駅に行く途中で、交通事故にあったんだ、と思い出す。何やら、無性に喉が渇いている。
ベッドの向こう側に、洗面台があるのが見えた。水道水でもいいから、とりあえず何か飲みたい。ゆっくりと体を起こし、ベッドから降りようとしたところで山下明美は自分がどこもケガをしていないことに気づいた。
交通事故にあったのに? それとも、ケガが回復するくらいの長期間、昏睡でもしていたのだろうか。そういえば、長い間、奇妙な夢を見ていたような気がする。
体の重さを感じながら、ゆっくりと洗面台にたどり着くと、蛇口をひねる。ふと、目の前の鏡を見ると、どこかで見たような、中学生くらいの女の子の顔があった。誰だろう、この子は?
「明美ちゃん・・?」
無意識に言葉が口から出て、鏡に映った口元が、言葉通りに動く。
これは、自分の顔なのだろうか? 自分が言った「明美ちゃん」って誰なんだろう?
水の出る音を聞きながら、後ろに気配を感じ、ゆっくりと山下は振り返る。自分の斜め後ろのベッドで、二十歳くらいの女性が上半身を起こして自分を見ている。
この人も、どこかで見たことがある、と山下は思った。確か、何かの助手の人で、巫女さんの服を着ていたような。断片的に思い付く、心当たりの無い記憶に頭が痛くなり、山下は思わず片手で頭を押さえる。
ベッドの上の女性が山下に向かって、穏やかな笑顔で話しかけてきた。
「おかえりなさい。明美さん。」
―ああ、そうか。山下明美はすべてを思い出しながら、意識を失って床に倒れこんだ。
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