門倉姉妹の善行

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門倉姉妹の善行

「あのー」  引き戸のドアを細く開けて、恐る恐る伺っている。小さなシルエットと、か細い声に、私は立ち上がる。 「はい、どうかしましたか」  カラリとドアを開けて、目線まで身をかがめると、ピンクのワンピを来た大きい方の女の子がクリリと大きな目を少し見開いた。 「あの、これを拾いました……」  左手を開くと、地味な紺色のがま口が乗っている。 「あら、落としものを届けてくれたのね。ありがとう、中に入って」  おずおずと交番の中に入って来た女の子の後ろから、もう1人小さい子が入って来た。 「ご姉妹?」  パイプ椅子を2つ並べながら、友達の選択肢を消したのは、彼女らがそっくりな顔立ちをしていたから。お揃いの赤いワンピを着た妹の方は小学校3年生、がま口を机の上に置いた姉は小学校6年生と言った。2人は、学校から帰った後、自宅近くの「りす公園」に遊びに行って、水飲み場の陰に落ちていたがま口を見つけたのだという。 「偉いわね。いくつか教えてくれるかしら」  落としものは「拾得届出書」という書類を作成して受理する決まりだ。拾得日時、場所、拾得物の内容と特徴、拾得者の住所、氏名、連絡先、これらを聞き取り、書き込んでいく。小さな正直者の名前は、門倉彩葉(かどくらいろは)ちゃんと言った。 「あたし、琴葉(ことは)ー」 「あんたはいいから」  机に身を乗り出して、妹ちゃんは訊ねる前に名乗ってくれた。天真爛漫な妹に比べて、彼女を諫める姉の声は未だ硬い。それでも、私が書き込む書類を興味深そうに見詰めている。 「はい。彩葉ちゃんに、琴葉ちゃんね。彩葉ちゃん、ここに日付とお名前を書いてもらえるかしら」 「はい」  届けられたがま口の中身は、千円札1枚と百円玉が7枚、10円玉と1円玉が3枚ずつ入っていた。身元を示す物は入っていないが、オレンジ色の二枚貝の形の根付けが付いていて、振ると小さくチリリと鳴った。 「ありがとう。もし、3ヶ月経っても落とし主が現れなかったら、お金も含めて、これは彩葉ちゃん達のものになります。もし、落とし主が現れたらお返ししますが、拾ってくれた彩葉ちゃん達は、お礼をもらう権利があります」 「お礼って、なんですか」 「それは、落とし主の人と相談してもらいますが、お金の場合、大抵は1割くらい――今回の場合だと、173円くらいのお金になりますね」  お礼と聞いてニコニコしだした琴葉ちゃんの一方で、金額を聞いた彩葉ちゃんは分かりやすく眉尻を下げた。 「どちらにしても、お家に連絡しますから、今日のことはお家の人に話してくださいね」 「はい」 「この紙は、落としものを届けてくれた証拠になりますので、こちらから連絡があるまで無くさないように持っていてください」 「分かりました」 「それじゃあ、これで終わりです。ご苦労様でした」  紙切れ1枚を渡されただけで、あっさり帰されることに肩透かしを食らったのだろう。2人はキョトンとした後、明らかに期待外れだという落胆した表情を浮かべた。それからモソモソと椅子から立ち上がった。 「あ、待って」  そんな様子を見ていたら、可哀想な気持ちになった。多分、遊ぶ時間を削って、わざわざここまで歩いて来たのだ。ここでも色々聞かれ、沢山緊張して、頑張ったのに。 「これ、内緒だけど、ご褒美」  机の中に、土産物のミルク飴が残っていたっけ。1つずつ、掌に握らせてあげた。 「ありがとうございます。ほら、琴葉も」 「ありがとう」 「はい。気をつけて帰るのよ」  少し頬を染めた姉と、ニコニコ顔が復活した妹。手を振って去って行く姉妹の姿を見送って、拾得物を保管庫にしまう。  小さなご褒美は、本来なら不要な対応だ。だけど、犠牲を払った善行には、細やかでも労いがあっていい。それが次の善行を生む切っ掛けになるかもしれない。次世代の正直者を育むことになるかもしれないから。  その日の私は、本気で信じていた。
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