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落ちていない「もの」
子ども達の長い休みが明け、夏の熱が抜け始めた頃、その事件は起きた。
「こんにちはー。お巡りさん、居ますかー」
すっかり慣れた様子で、琴葉ちゃんがドアを開けて入って来た。
「あら、琴葉ちゃん。その子は?」
彼女は1人ではなかった。幼稚園児くらいの男の子の手を握っている。
「落ちてましたー」
「人は、落ちてないでしょ!」
またか。いつもの悪びれない笑顔に、思わずキツい物言いになった。ビクッと身を竦めた子ども達の姿を前に、しまったと我に返った。
「あっ。ごめんなさい。そうね、まず、お話を聞くわ」
取り繕いながらパイプ椅子を並べて、男の子を座らせてやる。琴葉ちゃんは、笑みを消した不満げな眼差しを私に送るも、大人しく座った。
「この子は、どこに落ちていたの?」
「トーエーの2階」
「トーエー? あの色んなものを売っている、大きなお店?」
「はい」
トーエーは、1階がスーパーで、2階に衣料品店や靴屋、百均などが入り、屋上駐車場がある複合商業施設だ。ここから歩いて20分――子どもの足なら倍はかかるだろう。
「君、お名前は?」
男の子に話しかけるが、第一印象が悪かったのか、モジモジ俯いて答えない。
「ゆう君って言うんだよね」
「お話ししたの?」
「はい。服がいっぱいあるとこに、落ちていたから」
話を総合すると、恐らく2階の衣料品売り場か。親が試着でもしている間、1人で居たところを連れて来てしまったのではないだろうか。
「ちょっと待っててね」
焦りを感じつつ、私は急ぎお店に連絡した。
『はい、トーエー、サービスカウンターの林です』
「こんにちは。私、東本通交番の中園と申します」
『あ、お世話になってます』
巡回連絡で立ち寄るので、日頃から面識がある。
「伺いますが、只今、そちらで迷子の問い合わせはありませんか? 多分、30分以内に行方不明になった筈です」
『はい、20分くらい前から、3歳の男の子が見えなくなったというお母様がいらっしゃっていて、館内放送を流しています』
「男の子の名前は?」
『丹野優希君です』
「君、優希君?」
「うー」
男の子は私に背を向け、はっきりと答えない。
「林さん、服装の特徴も教えていただけますか?」
『はい、身長80cmくらい、上は左胸にポケットが着いた黄色い七分袖シャツ、下はデニム生地のズボン、白地に赤いラインが2本入ったスニーカーを履いているそうです』
ビンゴだ。目の前で居心地悪そうにしている男の子の服装と完全に一致する。
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