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『落としものは、交番へ』
落ちているものは、誰かが落としたものです。落とした人は、まだ探しているかもしれません。拾った人のものではないんです。だから、もしあなたが落としものを拾ったら、正直に交番に届けましょうね。
「はぁーい!」
素直な返事に微笑んで、私は壇上から降りた。小学校に出張して行う「交通安全教室」。先輩巡査長が交通安全指導を行った後、私が紙芝居風のスライドを交えながら拾得物――落としものについてのお話をした。
「中園、どうだった?」
「はい、緊張しました」
東警察署に戻るパトカーの中で、先輩の古守巡査長が訊いてきた。私は頬を緩めるも、腹の奥の不安は拭えない。何か言葉足らずではなかったか、誤解を招く表現を使わなかったか――。
「大丈夫、初めてにしては堂々としていたぞ」
「ありがとうございます」
私の不安の原因を、この人は知っているはずだ。それでも触れないのは、自分で乗り越えろということなのだろう。そう、乗り越えなくてはならない。そして、どうすれば繰り返さないのか、考えて対応しなければならないのだ。警察官を続けていくつもりならば――。
この春、念願の交通課に転属された。安全や防犯の意識が向上するよう、学校や施設に出向き、講演や指導を行う部署を希望した。地域住民と直接交流する交番勤務は性に合っていたけれど、交番に詰めることが難しくなってしまった。あの日のことが生々しく蘇り――勤務に支障をきたしてしまう。そんな私の状態を考慮してくれた転属だった。
パトカーを降りて、使用した道具の入ったカバンを手に裏口から署内に戻る。一般市民も通る廊下を抜けて、交通課のある3階に向かう。階段の踊り場に真新しい啓発ポスターが貼られていた。『落としものは、交番へ』――白抜きのキャッチコピーが一瞬飛び込んで、胃の辺りがゾワリと蠢いた。目を逸らすと、私は足早に階段を駆け上った。
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