4.魔王とおでかけ

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4.魔王とおでかけ

「どうぞ、こちらへ」  エリザが案内した先は、玉座の間。  ドアの前で手の平を中に向けて、エリザは魔王に向かって微笑んだ。  魔王は無言でうなずくと、部屋の中で歩みを進める。  500年の間に、魔王の復活に備えて、エリザが作った部屋だ。  魔王様は気に入ってくれるだろうか。  エリザは期待と不安を胸に、魔王の後ろをついていく。 「ほほう、少し殺風景だが、まあ嫌いじゃない」  魔王は部屋を見回すと、エリザを振り返り、にやりとした。  よかった、とエリザは胸をなでおろす。  広い室内の奥には、数段高くなった床の上に、石造りの玉座が配置されている。  そして見上げる天上は、地上まで続いているのではと思うほど、高くなっていた。  壁には、魔法で灯るろうそくが並び、部屋を明るく照らしていた。 「では、さっそく食事に出かけるとしよう」  魔王は玉座に腰かけると、満足そうな表情でエリザを見下ろした。    食事。魔王にとっての食料は、いきとし生ける者の、怒りや悲しみ、嫉妬や軽蔑といった負の感情だ。  かつての、500年前の魔王は、それを生成するために、人間を含む他種族に戦争をしかけて、村や町を破壊し続けた。  エリザの村も、魔王に襲われて滅ぼされた。村の住民も、救援に来た王都の軍隊も、みな殺された。  エリザの両親も、そしてエリザも、魔王に殺されたのだ。  死ぬ直前まで、絶望と悲しみ、憎しみを味わいながら。  嫌なことを思い出してしまった。  エリザは玉座に座る魔王にかしづきながら、きゅっと白いエプロンごと、スカートを握りしめて、耐えていた。  魔王への怒り、両親を失ってしまった悲しみ。  500年たっても、ふとしたきっかけで、魔王に殺されたあの日のことを、まるで今起こっていることかのように、ありありと思い出してしまう。  人間だったら、もうとっくに死んでしまって、この苦しみから解き放たれたはずなのに。 「おい、顔を上げろ」  ぶっきらぼうな魔王の声で、エリザは反射的に頭を上げる。そこには黒一色の服が目に入る。  さらに顔を上げると、相変わらずの冷たい表情で、魔王がエリザを見下していた。  ゆがんだ口元から、よだれをたらしている。 「おい、うまそうな匂いをさせてくれるなよ」  エリザの視界に、大きな口をあけた魔王の顔面がせまってきた。思わず目をぎゅっと固く閉じる。 「いただきます!」  魔王のその言葉を最後に、エリザは意識を失った。  エリザは先ほど魔王と食事をした、自室のベッドで目を覚ました。  頭の中はすっきりしていた。  それは、魔王に負の感情を食べられたからだ。これでしばらくは、嫌な気持ちになることもない。  天井が、ランプをあかりでぼんやりと揺らめいていた。  魔王がしてくれたのだろうか。火がつけられた暖炉から、パチパチと木がはじける音がした。  暖炉の火を見つめて、次第に心が落ち着いてくると、今度は魔王のことが心配になってきた。  魔王は食事に行くと言っていた。それは500年前と同じように、人間を含めた他種族に戦争をしかけるということだ。  もう魔王には、人殺しをやめてほしい。そのためには、自分が魔王の食料となり続けても構わない。  どうせ自分には、帰る村も、家もないのだから。  エリザはベッドに寝そべったまま、そっと目を閉じた。  時計がなくとも、目を閉じて、天の星の息遣いを感じとることで、時間を知ることができた。たとえ、今いる地の底の底でさえも。    魔王に心を食べられて気を失ってから、もう丸一日経過していた。  それを知ったエリザは、あふれてくる涙を抑えるために、額に腕を載せて、表情をゆがませた。  もう手遅れだ。1日もあれば、もう1つの都市を滅ぼしてしまっているかもしれない。  魔王は再び、恐怖の存在として、他種族から恐れられ、排斥されて、最後には人間どもの祈りを聞き届けた創造神により、再び封印されてしまうだろう。  再び魔王が目覚める頃には、すでに自分はいないだろう。  それになにより、愛した魔王が、人殺しをしているという事実が、辛かった。  二人で、静かに、この大氷原で、暮らしていたかった。 「おい、何を泣いている。そろそろ起きろ、待ちくたびれたぞ」  魔王が腕組みをしながら、ドアを足で乱暴に開いて、エリザの部屋に入ってきた。  突然のことで、同様したエリザは、乱暴に涙を拭ってから、パッと起き上がる。 「し、失礼しました。あの…、町を滅ぼしてきたのですか?」  おそるおそるエリザはたずねる。  魔王がゆっくりと首を左右に振るのを見て、エリザはホッと胸をなでおろす。 「あんな効率の悪くて、疲れる方法はもうやめた。むしろ殺してしまったら、負の感情はそれで終わりだ。エリザよ、私はお前のおかげで、人間は生かたまま食べた方が、味も量もけた違いによいということを知った。しかも、生きている限り、食事を提供してくれる」 「それは、つまりどういう方法で、食事をなさるのですか?」  魔王はエリザの問いかけには答えず、くるりと背中を向けた。黒いマントが翻り、赤い裏地がひらめいた。 「ついてこい、出かけるぞ」 「あの…、どちらへ?」 「かつて私のものだった、地上世界だ」  歩き出した魔王に、エリザはあわててトコトコついていくのだった。 (つづく)
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