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11.魔王とスノーフィールド
同じ頃、スノーフィールドの町へ着いたエリザと魔王は、ちらつく雪の中、二人ならんで大通りを歩いていた。
「魔王様、どちらへ向かっておいでなのですか?」
創造神の生誕祭を明日に控え、大通りに面する家の軒先には、魔法で輝く七色のイルミネーションがキラキラと光っている。
「食事だ」
「レストランなら、あそこにありますよ」
エリザは魔王の前に躍り出ると、高級そうなレストランの前で立ち止まって振り返る。
「お腹ではない。頭の食事だ」
魔王は人差し指で自身の頭をつつきながら、立ち止まったエリザをよそに、レストランを通り過ぎてしまう。
魔王と一緒に食事できたらいいな、というエリザの淡い期待は、雪のように解けてなくなってしまった。
入口でメニューを指さしながら、楽しそうに会話している男女のカップルが、エリザの目にとまる。
しばらくその様子をうらやましそうに眺めていたエリザだったが、ふと魔王を見ると、いつの間にか黒い背中が人混みの向こうへ遠ざかっていた。
「気になっていたのですが、魔王様が獲物の心を食べるときは、獲物はしんでしまうのですか?」
相変わらず歩みを止めない魔王の背中に、エリザは声をかけた。
「500年前は、獲物を殺してから、心を食らっていた。それしか食べる方法を知らなかったからだ」
「生きたまま、心を食べることはできないのですか?」
「憎しみや悲しみは、その獲物が手放さない限り、私であっても、食べることができない。てっとりばやく体から分離できる方法が、獲物を殺すことだった」
「なら、今回も、殺すのでしょうか?」
「いや、殺しはしない。獲物が死ぬと、その心は急速に失われ始め、考えることも迫りくる死のことで占められるようになる。──つまり、量は減り、味も急速に劣化するとわかったからだ。しかし、生きたまま頂くと、死んでからとはくらべものにならないほどの複雑怪奇な味わいで、しかも莫大な量が得られるのだ」
「なら、どうなさるおつもりで」
魔王が人殺しをしないときいて、エリザはホッと胸をなでおろす。
でも、ならどういう方法で食事をするのか、知りたかった。
「それは、エリザよ、お前が教えてくれた。獲物が記憶とともに保有している負の感情を手放すのは、死ぬ瞬間と、もう一つあったのだ」
前を行く魔王が、歩きながら、ニヤリとエリザを振り返る。
魔王から、自分のおかげといわれても、エリザにはピンとくるものがなかった。
思い当たることは、時々魔王に、自身の感情を与えていたことぐらいだった。
「獲物が満たされたと感じた時だ。今が満たされて、幸せだと感じると、心に深く根差している負の感情を手放すのだ」
なるほど、とエリザは感心した。
自分が魔王に負の感情をささげることができるのは、両親を殺されたとはいえ、500年魔王と一緒に過ごした時間が、自然に心を解きほぐしたせいなのだ。
「では、どうやって獲物を幸せにするのでしょうか?」
「簡単なことだ。獲物が負の感情を抱く原因を、獲物自身に排除させてあげればいい」
「それは、つまり…」
「獲物が望むままに、復讐させてやるのだ」
魔王は両手を広げて、初めてエリザを振り返る。魔王という名にふさわしい、邪悪で醜悪な表情を浮かべながら、笑っていた。
町のはずれにやってくると、通りは薄暗く、人通りはまばらだった。
右手には、通りから一段低いところを、川が流れている。
下水が流れ込んでいるのか、少しばかり匂う。
「獲物はこの辺りにいるはずなのだが」
魔王は立ち止まり、周辺を見回していた。
「おら! 待て!」
突然の怒声に、エリザはびくっとして一瞬固まってしまう。
「獲物のおでましだ」
魔王はそよかぜのように怒声を聞き流し、声の方を指さした。
見ると、少し先の端の上で、体格のいい男性が二人がかりで、一人の女性を襲っているところだった。
女性は腕をつかまれ、そして冷たい地面に組み伏せられている。
高級そうな青いドレスは、しかし、遠目からでもわかるほどに、使い古され、不潔な色に染まっていた。
女性は、思い切り頬を殴りつけられている。何度も。
エリザは、魔王が言う獲物が男性と女性、どちらを指すのか気になったが、女性を助けてあげたい気持ちが先だった。
「魔王様、助けましょう」
エリザは提案するが、魔王は涼しい顔で腕組みをしながら、女性が殴られ続ける様子を眺めるだけだった。
「なぜだ。ああして殴られて憎しみを募らせることで、獲物の心はより熟成されて、極上の風味を備えるというのに」
魔王の言葉に、エリザは獲物が女性のことだと気づく。
「でも、死んでしまったら、おいしくなくなってしまうのですよね?」
魔王を説得しようとエリザは試みるが、魔王は首をふる。
「あれぐれいでは死なない。それに、私は人間を助けることはしない」
「それは、どうしてですか?」
「邪悪な魔王という存在として、創造神に創られたからだ。だが、お前が助けるのなら、それはお前の自由だ。もちろん、俺の食事の邪魔にならない範囲でな」
理屈をこねて魔王が動こうとしないので、エリザはひとりで、橋へとかけていった。
「おらっ! 盗んだものだせよ!」
駆け付けたエリザが目にしたのは、力なく地面に横たわったまま、革靴で顔を踏みつけられている、みずぼらしい姿の女性だった。
「このドブネズミが、セレナ様の聖なる治療薬を盗みやがって、地獄に落ちろ!」
もう一人の男が女性を怒鳴りけ、続けざまに何度もお腹を蹴り飛ばす。
「セレナ…、お姉ちゃんの…、薬、これをクレリアさんに届けないと…。病気が治らないの…」
女性は、何かを守るようにして、両手で固く胸を抱きしめている。
男性二人はエリザに気づかないまま、暴行を続ける。
エリザはその様子をみたまま、恐怖で固まってしまう。
魔王から命をもらい、おかげで体も丈夫になり、水属性と土属性の魔法が使えるエリザには、並みの人間なら10人がかりでもかなわない力を持っているはずだった。
しかし、心は人間の少女のまま。男性の乱暴な様子に、足の震えが止まらない。
エリザがためらっていると、夜空にエリザの声がこだました。
「やめなさい! 正義の味方、エリザ様がおしおきしてあげる!」
魔王がすぐうしろで、悪党たちに叫んでいた。エリザの声で。
「あっ…、ちょっと、魔王様、なんてことを」
エリザがびっくりして振り返るも、魔王はすでに遠く離れた場所で、興味深々といった様子で、こちらを見守っている。
女性を暴行していた悪党たちが、エリザに歩みよってきた。
(つづく)
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